11.不可解

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 講義終了まであと10分を切った。この講義室の木製の椅子は見た目にはおしゃれだが、座ってみると背もたれの曲線がやけに腰を刺激してものの数十分で腰痛が走る。眠気覚ましなると言えば聞こえが良いが、あと何回この椅子で講義を受けなければならないのだろうと考えただけで腰がだるくなる。
『窓側の後ろから4番目の机にいます。紺色の長袖シャツを着ているのが僕です』
 どんな人が声をかけてくるのか、興味がないと言ったら嘘になるが、限りなくどうでもいいことであることは間違いなかった。ただ、顔と名前は記憶の中で一致していた方が余計な思考をしなくて済む。
「では今日の講義はここまで」
「越路謙太くん……かな?」
 それは透き通るようなソプラノ。ちょん、とつつかれた肩越しに振り返った視線の先にいたのは、華やかさと気品を足して二で割ったような女性だった。
「……ども」
「ふふ。どーも、こんにちは」
 こんな人と関わるのは、後にも先にも数えるほどしかないんだろうなあ、とぼうっとしながら考える。僕や左良井さんとは対極にある、「陰」に対する「陽」な人、それが今目の前にいる女性に対する第一印象だった。
「はい、過去問。コピーだから、あげちゃうね」
 パッと輝く笑顔は、顔全体で表現された好感≠セった。僕みたいにそもそも感情の起伏が乏しい奴は論外としても、左良井さんはこうは笑わない。口許をきゅっと引き上げるだけのあの表情を、僕は好感≠セと思っていた節があったようだ。


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