10.二年生夏

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 どんな顔をして左良井さんはこのセリフを言ったのだろう。それに対する適切な一言が見つからない。そんなことない≠セなんて、どうして言えるだろうか。
 適切であろうと思うから、その領域から言葉が見つからないだけなんだとは思う。でも僕は、僕の生き方は、時と場に相応しくあろうと努力することで精一杯だ。相手の気持ちを理解して、その人が楽になるような言葉を選べだなんて、難易度が高すぎる。

「越路くんにはもう受け入れてもらえないんだと思ってた。でも、あなたの存在は私の中でただひたすらに大きく膨らみ続けていった。気付いたときには、あなたのことばかり考えてた」

 左良井さんも同じだったんだ。僕は、この気持ちの真実を彼女から教えてもらえるような気がしていた。左良井さんのことを考えるとなんとなく収まりきらないこの気持ち。その正体を、彼女なら教えてくれるかもしれないと僕は期待していた。

「でも、こんな曖昧な立ち位置のままあなたに気持ちを傾けるのはあまりに不誠実だと思った。付き合ってる人がいて、でも他に好きな人が出来てその人と仲良くなって告白されたから、前の人は切り捨ててその人へ乗り換えるなんて……そんなことをするような人間が、あなたに好かれるなんて、そんなことあっちゃいけないって思ったの」

 好きなの。だからこそ、誠実でいたいの――彼女はにわかに吹いた強い風にぶるっと体を震わせる。

「彼はすごく繊細で、私と離れるくらいなら死んでもいいって、真顔で言ってしまうような人だった。彼の今の存在意義は、私そのものだったの。
 それくらい私のことを好きでいてくれる人を私自身の都合で切り捨ててしまうほど、私は人間ができてない」

 だから、ごめんなさい。声をつまらせてもそれを言い切って、それ以上彼女の言葉は続かなかった。
 太陽や海に比べれば、人間はなんて小さいんだろう。そんな小さな人間の小さな悩みくらい、少し疲れた左良井さんの悩みくらい、飲み込んでくれたっていいじゃないかと僕はさざ波に訴える。
 夕暮れは暗順応よりはやく、さざ波の音に沈む僕らはいつの間にか光ある闇の世界にいた。


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