1.入学式

04

 確かにそうだ、今日もつまらなかった。

 あーあ、と彼女は小石を蹴る。

「全部全部ばかばかしいな」

 彼女の言葉はどこか投げやりで、蹴られた小石は変にコンクリートにバウンドして道の脇の畑の土にまぎれた。

「でもこんなにばかばかしいと思っていながら、そんなばかばかしい世界で仕方なく生きている私が、きっと一番ばかばかしいのね」

 さらさら死ぬ気もないくせに、大学まで行ってさ。彼女はつま先にそう、吐き捨てた。

「越路くんは、どんなふうに考えながら毎日を過ごしてる?」

 その前の文脈さえなければとてもロマンチックなセリフだったのに、と思ってつい笑みがこぼれてしまった。

「はは、そうだな……。考えても仕方ないって考えてる」

 目の前の彼女の、なんとも拍子抜けした表情。僕は気にせず続ける。

「考えてないわけじゃない。いろいろ考えてはいるよ。僕にできることなんて、僕以外の人にもできるようなことばかりだろう。じゃあ僕がいなくたってこの世界は成り立つし、僕がいることで世界に何か変化が訪れるわけでもない……とかね。
 でも結果論として僕は命を授かってここにいるわけだし、僕が歩む人生ばかりは僕にしか作れない。生き方を考えたところで歩くことはやめられないんだから、考えないことにしてるんだ」

 彼女は僕の話を真剣なまなざしで聞いてくれた。きっと、話している僕よりも真面目に。僕の考え方は言ってみれば思考放棄で、結局は面倒という不真面目な理由づけに帰着するにすぎない。

「私には、そんな風に考えられない。けど、なんだろう」

 眉間のしわを人差し指で伸ばしながら、彼女は呟いた。

「すごくそれ、うらやましい」

 駅へとつながる連絡通路が目の前に来た。

「私は、この世界が全部嘘だったら悩む必要もないのにって思ってる。だから全部嘘なんだって信じることで、悩むことに一時停止をかけてる――そんな風に生きてる。ほら、私ってばかばかしいでしょう?」

 その言葉を最後に手の平をひらひらと振って、彼女は今二人で歩いた道をさくさくと戻っていった。見送りもそこそこに、僕は階段を上って狭いホームに着く。腕時計を確認すると、電車はあと数分そこそこでやってくるみたいだ。

 『ばかばかしいでしょう?』という言葉がいたく心に響く。そんなことないよ、なんて言えなかった。きっと誰が何と言おうと彼女のその信念は曲げられないのだろうから。

 この世界が全部嘘だったら、か。もしそうなら、僕は何を真実にしたいと思うだろうか。

 薄暗いホームから春先の寒空に聞いたところで、そこに僕の答えはない。


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