ご褒美は、![]() 『…ひっ…ひぁああーーーっ!!?』 私、ただ今ピンチです。 とにかく、敵に背を向けてはいけません。 「声でかっ!なんつー声出すんだよぃ!」 『そっちこそっ…い、いいいいいきなり何すんのよ!?』 「何って………ナニ?」 『ぎゃーっ、なんかその変換の仕方やだ!』 じりじりと近付いてくるブン太の手をサッと素早く避ける。 絶対に捕まってなるものか! そもそもの発端は、昨日から始まったテニス指導。 悪いところを重点的に直す、っていうのはわかったけれど、今日の練習場所が丸井家の庭っていう意味がわからなかった。 ラケット握って、ボール打つ時の動きしてって言われ、言う通りにしようとした時。 いきなり後ろから肩と腕を掴まれたためビックリして悲鳴を上げ、今に至る。 『き、急に触ってくんのナシ!』 「じゃあ急じゃなきゃいいわけ?」 『うっ…、そ、それもやだ…』 「だろぃ?」 私の反応を見ながらゲラゲラ笑うブン太に軽く殺意が芽生えた。 …そのガム、今すぐ割って顔に貼り付けていいですか? 「つーか、俺はお前のフォーム直してやろうとしただけだし」 『は?……フォーム?』 「フォームはテニスの基本中の基本。昨日ラリーしてて思ったんだけど、未央はボール打つ時ラケットの面が上に向いてんだよ」 『ラケットの面が上??』 試しにボールを打つと仮定してラケットを振ってみると、確かにラケットの面が斜め上に向いていた。 …本当だ。 「そうするとボールはどうなる?」 『…ポーンって、上に……っあ!!』 昨日の私のボール、全部上に飛んで弧を描いてた! 『すごい!』 「俺って天才的だろぃ?」 『や、別に天才って程じゃ………ぎゃあっ!お願いだから顔近付けないでー!!』 「嫌ならラケットの面に気をつけて、もう一回振ってみろぃ」 『はいいぃぃいっ!』 ラケットの面の向きに気をつけてひたすら振る。 途中、膝をもっと曲げろだの、足は肩幅に開けだの、フォームについてめちゃくちゃ言われ。 終わる頃には、右腕が今すぐにでも筋肉痛になりそうだった。 「未央ちゃんとブン太、すっかり仲良しねー」 『はぁっ、はぁ……いえ、別に仲良くないで、す。…むしろ、意外に鬼コーチ…』 「聞こえてるぞー。明日のお前の晩飯のおかず、半分俺のな」 やっぱり鬼だ…。 髪赤いから赤鬼でいいや。 桃太郎に退治されてしまえっ。 「お姉ちゃん、はいお水ー」 『ありがとう、美羽!』 あぁ、なんて可愛い妹。 やっぱり女の子は癒される。 「未央姉ちゃん!腕痛い?」 「未央ちゃんっ、今度俺とテニスしよーぜぃ!」 『草太くん、光太くん…二人ともいい子だね』 追加、光太くんと草太くんも私の癒し対象。 笑ってよしよしと頭を撫でると、草太くんは嬉しそうに笑い、光太くんには止めろよーと恥ずかしそうに嫌がられた。 んー、小四の男の子って気難しい年頃なのかしら。 背中に視線を感じて振り返ると、ブン太がこっちを見ていた。 『な、なに?』 「ん、ごほーび」 ニカッと笑いながら「手ぇ出せ」と言われ、おずおずと左手を出すと手の平に置かれた一枚のガム。 『?グリーンアップル味…』 「俺の好きなガム、特別にお前にも分けてやるよ」 『あ、うん…ありがとう』 ポカーンと口を開けたまま、「風呂お先〜」と言いながらリビングを出ていくブン太の背を見送る。 な、何だったの?今の。 「未央姉ちゃんいいなー!」 「ブン兄ちゃんって、自分のお菓子あんまり他の人に分けてくれねーんだよ?未央ちゃんすげーっ」 『……』 そんなに貴重なのか、今の…。 そう思うと、なかなか貰ったガムが食べられなかった。 |