――遠い。

さきの見えないゴールのようなぐらい遠い。



『はぁ、…はぁっ…』






………学校が。



『うー…っ、ペダルが重く感じるのは何故!』

理由はわかってる。
寝坊して朝ご飯食べてこれなかったから。

朝ご飯を欠かさない私としては、いつもの半分以下しか力が出ないわけで。
自転車に乗っているのに、そのスピードは遅い。

そんな私の横を、



「アンタ遅すぎ!亀かっつーのっ」

『き、切原!』


同じクラスの切原が颯爽と走りながら追い抜いていく。



「ん?なんだ、中津川じゃん」

『あんた知らない人にも暴言吐く癖治しなよ…』


私だって気付かなかったのに、今の発言。
普通の女子なら傷付くよ、心が!




「つーか、自転車のくせに遅くね?このままだと遅刻決定だぜ」

『わ、わかってるよ!でもっ、力が出ないんだも、ん…』


あぁ、ダメだ。
もう限界かもしれない…。
遅刻しようがなんだろうが、ちゃんと朝ご飯食べてくれば良かった。

お腹と背中がくっつきそうだなぁ、なんて考えていると、少し前を走っていた切原に無理矢理自転車を止められる。





『…へ、?』

「あーもう、代われ!俺が漕ぐから中津川は後ろに乗ってろ!」


強制的に自転車から降ろされ、後ろの荷台に乗るよう促される。
切原が優しいなんて何かの前触れなんじゃないか、って言おうと思ったけど。
限界に達していた私は大人しく荷台に座った。

持ってろ、って言われて肩に掛けた切原のラケットバッグ。

うっ…、お、重い…。

でも漕いでくれるんだし、我慢しよう。





「んじゃ、行くぜ!」

『…ありがとう、切原。優しいね』

「んなっ!?き、急にしおらしいこと言ってんじゃねーよっ。ば、馬鹿!」

『失礼な!』


お礼言っただけじゃん。
優しいねって褒めてあげただけじゃんっ。

あたふたする切原を後ろから覗き見てみると、大丈夫かってくらい顔が赤かった。



うそ、照れてるの?

意外と可愛いとこあるんだ…。



ふわりと頬を撫でる潮風が心地好い。

あれだけ遠いと感じていた学校も、切原が漕げばあっという間に到着した。





『さすがテニス部!自転車漕ぐのも速いね』

「へへっ、まぁな!」


時計を見れば、まだ予鈴5分前。

良かったー、切原のおかげで間に合った!


校門の少し手前で自転車から降り、ラケットバッグと自転車を交換する。
ここからはもう押していこうっと。



『そういえばさ、』

「ん?」

『この時間にいるってことは…朝練サボり?』

「うっ…」

『あ、ごめん。触れない方が良かったね…』



そんなたわいもない話をしながら、二人で校門を抜けようとしていると。







「む、?………赤也ぁあーー!!!」

「げぇっ!?真田副部長っ!」



大声で切原を呼び止める人を見れば、切原はビクッと体を震わせた。


『……あっ、』



忘れてた。
今日は週に一回行われる風紀チェックの日だった。


「赤也!貴様、朝練に来なかった上、遅刻ギリギリとは!王者立海大テニス部としての自覚はないのかっ!!」

「ひぃっ!す、すんません!!」



ふー、危ない危ない。
遅刻してたら私も真田先輩に怒られてるところだった。

切原には悪いけど、火の粉が飛び掛からないうちに退散しなきゃ。




『じゃ、じゃあ切原…教室で……』

「時に、そこの女子」

『え、…』

「先程、自転車の荷台にラケットバッグを背負った女子を乗せて二人乗りをしている者がいるという情報が入ったのだが。…まさか、」

『え…、ま、まさかー。そんなことあるわけないじゃないですかー』

「…赤也。どうなんだ?」

「う…っ、」




ちょっと待ったちょっと待った。
この展開やばいんじゃないんですか?

そろーりそろーり、と少しずつ後ずさる。





「赤也!」

「す、すんませんでしたーっ!!」


カッと見開かれる真田先輩の目。

は、早く逃げなければっ。
一気に走り抜けようとした私のサドルを持つ手を、ガシッと強く掴まれる。




『…は…、?』

「一人だけ逃げようったって、そうはいかねーからな!」

「えぇぇーー………』




その後HRが始まるまでの間、みっちり真田先輩にお説教されたのは言うまでもない。







命共同体

(…優しいなんて思った私が馬鹿だった)
(なんか言ったか?)
(……切原なんか嫌いって言った)
(なっ…!?)



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