悔しかったなら、







『あ、いたいた!ブンちゃーんっ』

「未央引っ張るな、痛い…」



部室の前を通りかかると、ちょうど新入部員の入部手続きの手伝いをしているブンちゃんを見つけた。


「おー、未央…と、……美月ちゃん?」

「葉月です」

「悪ぃ悪い!やっぱ双子って似てんなぁ」

「そうでもないです」


美月や葉月は、私が学校帰りにテニス部を観に行く時に何度か連れてきたことがあるから、一応ブンちゃんとは顔見知りだ。




「なんだ、未央来てたのか」

『ジャッカルさ…っ、……先輩!』

「?どうしたんだよ、先輩なんか付けて」

『いや、一応私も立海生なわけですし"先輩"つけとかないと』


そう言った私に対して、ジャッカル先輩は「意外としっかりしてるんだな」と言った。

意外と、は余計です。




「…そういや、アイツ来てねーじゃん」

「アイツ?」

「ほら校門の上でさ、"俺はNo.1になる!"…とか吠えてたやつっ」

『あ!切原くんなら教室で補習プリントやらされてたよ』

「切原?」

『その、私の飴落とした人の名前!』

「なんだよぃ、もう友達になったのか?」

『まさか。私の飴落としといて、まだ一度も謝られてないんだよ!?飴の恨みは恐ろしいんだからっ』

「…ブン太と幼なじみなだけあって、食い物に対する執着が凄いな」

「未央の場合は飴だけですけどね」



なんと言われようがいいんです。
私、飴が大好きですから!






「…あ、未央。テニス部観る前に一度バレー部覗いていってもいい?」

『あ、美月ね!うん、いいよ』


ブンちゃん達と別れて体育館へ向かう。

扉から少し覗くと、美月が先輩の打ったボールを拾っているのが見えた。



「良かった…。ちゃんとバレー部に入部できたんだ」


ほっと安心するような表情の葉月に、「やっぱりお姉ちゃんのことが心配?」と少しからかうように聞いたら、問答無用で怒られた。

…冗談なのに。





再びテニスコートに向かうと、何やらいつも以上に盛り上がっている声が聞こえてくる。


「…うるさい」

『何だろう…、行ってみよ』


耳を塞ぐ葉月の腕を引いて走り寄ったフェンスの向こうのコートでは…。










『…あれって、……』

「切原、だね」




コートの中には幸村さ……、…幸村先輩の球に一歩も動けず呆然としゃがみ込む切原くんがいた。




「今日はもう帰りたまえ。これ以上続けても君に勝ち目はない」

「くっ、…!」


悔しそうに唇を噛み締める切原くんに背を向け、幸村先輩はコートを後にする。




「おいおい、大丈夫かよぃ?」

「…っ、うるせぇ!!」

「ぉわっ!?」



『なっ、!?』


あろうことか、切原くんは心配して駆け寄ってくれたブンちゃんにラケットを振り回して。
荒々しくコートから走っていった。




『何あれ!ブンちゃんに当たってたら危ないじゃんっ。…葉月、私行ってくる!』

「あんま干渉しない方が……って、もういない。…ま、いいか」





本っ当になんなの!
ラケット振り回すなんて、テニスする人がやることじゃないでしょ。
ましてや、ブンちゃんに八つ当たりするなんて。

あの時の飴の件も合わせて、一言言ってやらないと気が済まない。





『…あ、いた!きり…、…』


呼び止めようとした瞬間、前を走っていた切原くんが視界から消えた。

いや、…転んだ。


……えーっと、この場合どうしたらいいのかな。

頭の中で一生懸命考えていると、彼が転んだままギュッと拳を握り締めているのが見える。





『……』


それだけで、本当に悔しかったんだという切原くんの気持ちが痛いくらい伝わってきて…。

文句を言おうとしていたことなんて、一瞬で忘れてしまった。



ジャリッと靴と地面が擦れる音に顔を上げた切原くんの前に、偶然ポケットに入っていた飴を一粒差し出す。







"――悔しかったならそれをバネにして、もっと練習すればいいんだよ。"







  


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