好きな奴居るのかって訊かれたネ。 そんなの居ないけど、正直に答えたところでバカにされるのがオチだと思ったアル。だから言ったのヨ、『銀ちゃん』だって。 そしたらいきなりどっかに連れていかれて、何処だって訊いたらラブホだとか抜かしやがったアル。 人気の無い所で殺ろうったってそうはいかねーゾ、って殴りかかったら、ベッドにばーんって倒されて。 「既成事実、作っちまおうぜィ」 ……なんか格好つけて言ってきたけど、意味解んなかったからそのまま蹴り上げて、あ、急所をナ。逃げてきたのヨ。 「その日からずーっと、この有様アル」 そう言って素知らぬ顔で酢昆布を咀嚼する神楽ちゃんが指差した先、定春(睡眠中)に凭れた神楽ちゃんの腰に巻き付く物体、……否、人物に僕は絶句した。 「……か、ぐらちゃん」 「んー?」 「そそ、それって」 黒衣に映える蜂蜜色は、誰かなんて一目瞭然だ。それでも問うてしまうのは、知っている筈なのに見たことのない彼が居たから。 「見て分かるダロ?サドやろ」 「総悟だろィ」 沖田さんは神楽ちゃんを見上げて、拗ねたように口を開いた。あれ、二人ってそういう関係だったの……? 「何の得があってオマエの名前なんか呼ばなきゃいけないアルか。ていうか早く離れるヨロシ」 「…………」 「新八ィ。コイツどうにかしてヨ」 「ええ!!?」 沖田さんは判りやすく顔を歪め、ついでに僕をじろりと睨んだ。(なんで!?) 神楽ちゃんはそんな沖田さんを肘で小突いて楽しんでるし、ああもうイチャつくんなら此処(万事屋)じゃなくて余所でやれ!! ……しかしそれを本人達に面と向かって言える筈もなく、僕は募る苛つきを銀さんのいちご牛乳を捨てるという行為にぶつけた。というか消費期限間近の安くなったものを買い溜めしすぎて当然のごとく期限を切らしたけど、銀さんが頑なに飲むと言って捨てなかったのだ。結果なんとなく異臭を放ち始めたから、やっぱり捨てるしか道は無かった。 「ああー!?何勿体ないことしてるアルか新八ィ!!」 「や、流石にこれはお腹壊すよ?」 「私はそこまでヤワじゃないネ!!」 「この前だって腐りかけの卵で死にかけてたでしょ?駄目だよ」 「ゔゔ……!!」 神楽ちゃんの歪んだ表情に心苦しさを感じるも、これは銀さんと神楽ちゃん二人の為でもあるのだと自分を納得させ、作業を続行した。……後で酢昆布献上するから殺さないでください!! 「……チャイナ」 暫くの間沈黙を守っていた沖田さんが声を発したことにより、神楽ちゃんの意識はそちらに向かった。助かった……! 「んダヨクソサド。神楽様は今非常に不機嫌ネ、死にたくなけりゃさっさと消え」 「いちご牛乳、俺が買ってやらァ」 起き上がりにこりと微笑みを浮かべた沖田さん。その笑みが黒いものに見えるのは僕の気の所為だろうか。 「ふおぉマジでか!!」 「あァ。好きな分、いくらでも」 「さすが税金ドロボーネ!太っ腹アルぅ!!」 神楽ちゃんが、勢い任せにだろうけれど沖田さんに飛び付いた。その瞬間の沖田さんの幸せそうな顔と言ったら、もう天に召されるんじゃないかって程で。 薄々気付いていた、というか今日ではっきり判ったことだけど、沖田さんは本当に神楽ちゃんのことが好きなんだな……。 「……チャイナ。いちご牛乳買ったら、付き合って欲しい場所があるんでさァ」 「?駄菓子屋アルか」 「それは着いてからのお楽しみってことで」 先程までの幼い表情とは一変、沖田さんの瞳には妖しげな光が走り、口元は妖艶に弧を描く。よく見るサド笑いとも違う、何処か危ない笑顔が神楽ちゃんの顔前に迫っていた。 「別のミルクも、味わってみたくはねえかィ……?」 ……うん? 「別の?美味いアル?」 「あー、天国イっちまうぐらい?」 沖田さんの言わんとすることに気付いてしまった僕は、咄嗟に神楽ちゃんを引き寄せ後ろに隠すという大変勇敢、しかし顔面蒼白な行動を取っていた。 「おおお沖田さん!!あんた一体ナニ考えてんですか!?」 「あァ。童貞の新八君にはまだ刺激が強すぎたねィ、済まねぇ。……チャイナ返せ」 「そんな危ない思考の人に神楽ちゃんは任せられません!」 「おいおい勘弁してくれィ、保護者は旦那だけで十分でさ。母ちゃん気取りかい新八君」 「マミーが眼鏡なんてやーヨ」 睨み合う(というか一方的に睨み殺されそうな)僕と沖田さんを愉しそうに観戦している神楽ちゃんは、沖田さんを挑発しているのかそうでないのかぎゅうぎゅうとしがみついてくる。 痛い!神楽ちゃんの力も沖田さんの射殺さんばかりの視線も全部が全部痛い!! 「新八君よォ。童貞の前にあんたも男だ。好きな女とナニがシたいって気持ち、解らねぇ訳じゃあるめェ」 「ッ僕は!恋愛はもっと崇高なものだと考えている訳でして……」 「だから童貞なんでィ」 「だから童貞なんダヨ」 「サンドで言うんじゃねェェェ!!」 そういえばコイツらもドSコンビだったよ!実は仲良いんだろ破壊神カップル!! ──好き放題な二人に辟易しうなだれた僕の耳に、がらりと開く玄関の音。ぐちぐちと何かを呟きながら気怠げな姿を現した万事屋が主人、その手にはあの桃色のシルエットが収まるレジ袋がぶら下がっていた。(またかテメェェェェ!!) 「オイ新八コノヤロー。おめーまた姉貴に給料のことチクりやがって……、あれ、沖田くん」 「お邪魔してやす旦那」 「……え、何この状況。俺がお邪魔なの?修羅場なの?」 「新八君が俺とチャイナの恋路を邪魔するんでさァ。どういう教育してんですかィ」 「俺が育てた訳じゃねーから」 いつの間にか神楽ちゃんは沖田さんの腕の中で暴れていた。神楽ちゃんをこれまた無表情で抱き締める沖田さん、しかしその眼は銀さんをじりじりと妬ましそうに睨み付けていた。 「……旦那ァ」 「ちょ、ウチでそういう……、何、不純異性交遊?止めてくんない」 「アンタにも邪魔はさせやせんぜ」 「……はい?」 「誰を好きだろうが関係無ェ。コイツぁ俺のモンでさァ」 ────これは一体。 「コイツがあんたを好ぶふぉっ……!!」 「黙るヨロシ」 「てめ、いきなり殴るたァどういう了見……」 「銀ちゃんのこと好きなんて!……嘘ネ。こんな糖尿天パ御免アル」 「……え」 誰の為の茶番だろう。 「で、も!まだオマエをどうとかは」 「てめえの意志なんて知らねーよ。……逃がさねえぜ」 黒衣に抱き寄せられ、白い頬は仄紅く染まっている。微笑む彼に俯く彼女。空間に満ちる甘ったるい空気。 「サド……」 「チャイナ……」 鋭い一閃が僕の髪をぱらぱらと散らした。禍々しい怒気を纏って木刀を振りかざす銀さんを、僕は止めたりしない。だって同じ気持ちだから。 「お前らもう出てけェェェ!!!」 ツッコミというか最早懇願。 仕方ないよね、童貞だもの。 他人の不幸は蜜の味 (つまり幸せはクソ不味い) |