「おいサド、それ一口寄越せヨ」 「あ?」 手にした串から忽然と団子が姿を消す。一口の意味を履き違えている神楽に、沖田は怒りもせずただ生温い視線を向けていた。 ふたり肩を並べて甘味を食す、まるでデートのようなこの状況に浮かれていられない訳が無かった。 「んま!!」 「……そらァ良かった」 ──ここ最近になり自分の気持ちに気付いてから、沖田は多少なりとも神楽に好意を示してきたつもりであった。 喧嘩に関しては神楽の方が乗り気な為現在も続いてはいるが、見えない決着に疲労した後の穏やかな時間を、神楽を知る為のそれとして過ごすようになった。 初めは質問攻めな自分に不審そうな顔をしていた神楽であったが次第に自分のことを教えてくれるようになり、少なくとも今、喧嘩だけを目的に空間を共有することは無くなった。 「チャイナ、ほっぺに付いてらァ」 みたらし団子を口一杯頬張る神楽の白肌に黄金色。 思わぬアピールチャンスの到来に、沖田は内心でガッツポーズを決める。 頬に付いたタレを舐め取って、真っ赤になる彼女に極上の微笑みを向ける。なんて完璧なシチュエーションだよっしゃあそのまま頂きますの流れに……。 「むお、マジでか」 神楽は袖口で豪快に顔全体を拭う。イベント終了のお知らせ。 「……べたべたじゃねーかィ」 タレによって光沢を帯びたそこを解いたスカーフで丁寧に拭き取る。しかし結局はべたつきを広げてしまっただけであった。 「うわ、最悪アルー」 「てめ……」 「嘘アル。……ありがとネ」 ──へらりと笑った神楽に、沖田は動きを停止する。 純粋な笑顔なんて見たことがなかった。いつも銀髪や眼鏡に向けられるそれを傍観していることしか出来なくて、堪らなく欲しくて。 それが今、自分に向けられている。目の前に、笑顔の神楽が居る。 それだけのことに、目眩を覚えた。 「な、んでィ。今日はえらく機嫌が良いんじゃねーか」 「そう言うオマエはキモイアルな、今日」 憎まれ口はいつもの調子。しかし、その表情に挑発の意志は見えなかった。 「優しすぎてキモイ。……今日に限らず、最近ずっと」 沖田は息を呑む。深い蒼に見上げられ、隣同士という距離の近さに初めて気が付いた。 「その所為かもナ。……私」 神楽は片手を挙げ、ぐるりと首を後ろに捻る。その口から出たのは団子の追加を求める言葉。ぶち壊れた雰囲気に沖田は重く息をついた。 この少女相手に下手な期待をするものではないと何度も痛感した筈なのだが、これが惚れた弱みというものか。 空になった皿に目を遣り、食べ物で釣るしか芸の無い自分に苦笑した。 「オマエのこと、そこまで嫌いじゃなくなったネ」 ──耳を疑った。罵倒を都合の良いように変換してしまったのだろうか。 視線を神楽に移す。 神楽は通り過ぎてゆく人々を流し見ながら団子を咀嚼していた。 「……すいやせんお嬢さん。今何と?」 「もう耳が遠くなったアルか。哀れダナ」 追加のみたらしも瞬く間に姿を消した。 満足げに目を細めると、「ごちそーさまデシタ」と幸せそうに呟き手を合わせる。 そして、神楽の瞳は今度こそ沖田を捕えた。 「今日は生まれた日ネ。だから、生まれ変わってみようと思ったのヨ」 「生まれ変わる?」 「神楽様はばーじょんあっぷアル」 口角を上げ沖田の隊服の裾をくいと引くと、神楽は上半身を伸ばし沖田に顔を寄せる。事の運びに付いていけないまま、沖田はただすぐ傍に居る神楽を抱き寄せるか否かを思考していた。 「ありがとアル、おきた」 やはり抱き締めてしまおうと振るった手は空を裂く。神楽はもう茶屋に背を向けくるくると傘を回していた。 「……一個歳喰ったぐれぇで変わるかっつの」 遠ざかる背中はまだ幼く、危うい。 守ってやりたくなるような、なんて言ったら、アイツは怒るだろうが。 「嫌いじゃねえ、ね……」 こちらはそれ以上だと言うのに、未だに踏み込むことを許してはくれないのか。 抱き締めたなら、口付けたなら、あの肌に独占の証を刻み込んだなら、きっとアイツは自分を殺しに掛かるのだろう。 まだ早い、誰かがそう囁いた気がした。 「女になるまで待ってろ、てことかねィ」 あと何度この日を迎えれば、手に入れられるのか。 「……チャイナァ!」 忍ばせた小箱を握り締める。振り向いた少女を目指し、駆け出す足は驚く程に軽やか。 考えるのは面倒だ、今はとにかく。 “生まれてきてくれて、ありがとう” 「誕生日、おめでとう」 いつかの祝福は誓いの言葉と共に |