「ヨ。」


駆け回る野太い声の中聞こえたソプラノに、心臓が小さく跳ねる。
まさか声を掛けてくる筈は、などと確認がてら顔だけを向ければ見飽きた黒を塗り潰す鮮やかな橙色。
心情を悟られないよう、崩れかけたポーカーフェイスを引き締める。……あ、無理だ。


「……よォ」


緩んだ口元から零れた声は、可笑しな緊張の為にふわふわと覚束ないものとなってしまった。


「珍しく仕事アルか。不吉だかららしくないことは止めるヨロシ」
「失敬だねィ。お巡りさんはいつだって真面目に公務に勤しんでまさァ」


今日だけは一番隊に面倒な案件を押し付けやがった土方に感謝をしてやってもいいかもしれない。先程よりも気合いを入れて隊員に指示を出しながら、沖田は頭の片隅でそんなことを思った。
しかし、そんな様子をただじっと眺められるというのもいささか居心地が悪い(ぶっちゃけると照れる)。


「残念ながら今は暇じゃないんでさァ。相手して欲しいんなら後で出直して来い」


本当は今すぐ仕事など放り投げて神楽との時間に突入したいのだが、なかなか手間取る作業が焦れったい。やっぱり死ね土方。
一向に去ろうとしない気配に沖田は違和感を感じながらも目線は現場に向けたまま。ようやく収拾がついたところでおもむろに振り返れば、崩れたブロック塀に腰掛け地面を足で弄る姿が見えた。


「……まだ居たのかィ」
「ん、終わったアルか」


レディを待たせるなんて最低ネ。
一言言って顔を上げた神楽の表情に沖田は眉を顰める。待っていろなどと言った覚えは無いにも関わらず律儀に仕事終わりを見届けるなど、らしくないのはどっちだ。


「なんでィ、辛気臭ェ面しやがって。拾い食いでもしたか」
「ちっげーヨバカ」


立ち上がり傘をくるくると頭上で回す。冬場にしてはきつい日差しが辺りに積もった薄い雪を眩しく輝かせており、反射の所為かただでさえ白い神楽の肌は風景に同化してしまうのではという程線を失っていた。


「……今日は夕方まで帰って来るなって。銀ちゃんも新八も今日が何の日かなんて知らないアル」
「何の日?」


しらばっくれてみるも、そんなことはもう承知の上だ。初めて意識して見たカレンダーの日付を思い出す。……11月。肌寒さに覚ました目はぼやけていたが、それだけはしっかりと確認した。それから、日にちは。


「今日はネ」


11月、


「誕生日アル、私の」


……3日。


「なのにこの扱いアル。2人共私というキュートな女の子が生誕したありがたい日を忘れてるのヨ。……あれ、私教えたっけ。……ヤバいアル最悪知らないっていう可能性もあるアル」


真っ青な顔で傘の柄をぎゅっと握る神楽。不要な心配であることは沖田でも解った。今日のこの日のことを聞いたのは、確かにあの銀髪からであった。その証拠に、隊服に忍ばせた赤い小箱の角が地味に痛い。結構な量を詰め込んでいるのだ、袋で持ち歩いて感付かれるのはなんとなく嫌だったから。


「誕生日、ねィ」


そんな日に帰宅の時間を指定するなど、魂胆が丸見えではないか。
大方、サプライズパーティーでも開くつもりなのだろう。いくら盛大に祝ったとして、準備の過程を見られていては意味が無い。

……しかしそれを素直に教えてしまうのもつまらない。

うるうると揺れる瞳でこちらを見上げる神楽に、仕事疲れも姿を消した。
特別な日に軽く傷心中、そんなときに異性に優しくされたりなんてしたら。


「それじゃあ」


厚い雲により太陽は身を潜め、届かなくなった光は体感温度をぐっと下げる。
邪魔な傘を取り上げて縮めた距離は、思いの外に近い。
にやける口元を誤魔化すようにその上からわざとらしい笑みを貼り付け、沖田は静かに口を開いた。



「今日1日お付き合い願いまさァ、お嬢さん?」









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -