土方は困惑していた。 自室に転がる物体は両手で顔を覆いながらうんうんと唸り声を上げている。さして手入れをしている訳でも無いだろうにいつもサラサラと靡いている蜂蜜色は絡まりボサボサと暴れ、見てもいいものなのかと躊躇いを覚えてしまう程だった。 「……おい」 「あーあーやべぇあー」 朝の散歩がてらに巡回をと空けていた自室に珍しい客。どうも様子のおかしなそれを蹴り飛ばし、それでも反応を示さないことに不気味さを感じた土方は、奴の好きな話題でもと道端で偶然顔を合わせた少女の名を口にした。途端に起き上がり瞳をギラつかせた部下、興奮気味の沖田に土方がドン引いたのは言うまでもない。 「ああああ俺ァもう駄目でさァ」 「何がだ鬱陶しい。テメーが駄目人間なのは前々から解ってたことだ安心しろ」 「死ねよ土方。……やべぇその前に俺が死んじまわァ」 「一体なんだってんだ、頭でも打ったか?」 本気で身を案じる土方に、沖田は惚けた視線を投げ掛けたまま溜息をひとつ。 「……チャイナが」 やはりそこかと、思わず眉間に皺が寄る。沖田のこの状態はその類の所為であろうとは何と無しに察してはいたが、どうにも色恋の話題は不得手だ。 「チャイナが可愛く見えて仕方無ェんでさ……」 そしてとうとう自覚をしたようだ。今まで何を言っても否定をしていたコイツだが、少女を好いているのは誰しもが気付いていることだった。 それにしても、この状態は酷い。 「こないだ土方さんが仕事トチったとき、あんまり気分良かったんで酢昆布買ってやったんでさァ、チャイナに」 「テメェは本当捻くれてやがるな」 「黙って聞いてろトチ方。……そんときでィ、チャイナが」 「へー、ふーん、そう」 白刃が眼前を貫く。黒髪がぱらりと散った。 「解った、聞く。聞くから刀を仕舞え総悟」 惚気話を聞かされた上に殺されかけるなど冗談ではない。とことん受難体質な自分が哀れに思えた。 「笑ったんでさァ」 「アイツはいつも笑ってねえか……?」 「……俺には見せねえんでィ。うわまたオマエアルかさっさと消えろヨクソサドとかマジウザイアル税金泥棒真面目に働けよとか、そんなことばっかで」 「後者には激しく同意だな」 「虫ケラ見るような顔で、俺がどんだけ傷付いてんのかも知らねえんだ絶対コイツでもそこがイイんだなまたとか思ってたら、酢昆布ひとつで堪んねえデレ見せやがった……」 そこでぽっと紅く頬を染める沖田。 誰だコイツは。恋する乙女気取りなのかそうなのか。 「成程、マゾに転向か」 「あァもうチャイナにならいいかもしんねェ……」 「気持ち悪ィなお前」 「突っ込みてえ突っ込みてえチャイナに突っ込みてえ」 「…………」 「あり、何処行くんで?土方さん」 おもむろに立ち上がった土方に上目で尋ねる沖田。携帯片手に引き吊った口元を隠し、自室を出掛けた足を止め振り返る。 「あー、ちょっと用が」 「へぇ。あ、チャイナに会いに行くんで見廻り頼んます」 「……程々にな」 沖田の背後にストーカーと化した上司のビジョンが浮かぶ。真選組の向後が心の底から不安になった。 「……万事屋か?俺だ、土方だ。……いや、あの、警察として忠告というか。最近ほら物騒だろ?だから、チャイナ娘の身辺には気ィ遣っとけよ。……あ?べ、別に総悟がどうとかじゃ無ェよ!物騒だからっつってんだろ!?じゃあな、それだけだ!!」 携帯を閉じ空を見上げた。澄み切った青が眩しい。 恋愛というのはあれ程に犯罪染みたものだったろうか。少なくとも土方にそのような感覚は解らなかった。 「身内が犯罪者になるのだけは防がねえとな……」 取り敢えず山崎辺りに沖田の監視でもさせようか。銀髪からの通報が来ることの無いように願い、土方は山崎用あんぱんの買い出しに向かった。 自重を覚えよ男達 |