ざあざあと屋根を打つ音が耳に纏わりつく。天気予報は明日まで傘マークに飾られ、切れ間の無い雲からは絶え間なく雨粒が零れ落ち街じゅうのすべてを濡らしている。
「……暇、アル」
呟きも雨音に掻き消され、神楽は深い溜息をついた。
「女じゃ出来ない仕事ってなんだヨチクショー。神楽様に不可能は無いネ」
自分ひとりを置いて依頼に向かった銀髪と眼鏡。彼等を恨めしく思いながら、女だからと仕事をさせて貰えない情けなさにつんと鼻が痛んだ。
ソファーにごろりと横になり、窓を叩く雨の音に聴き入る。規則正しいそのリズムに重くなった瞼を下ろしそのまま眠りに入ろうと寝返りを打ったそのとき、玄関の開く音にそれを阻まれた。
「神楽ァ」
自らの名を呼ぶその声に、心臓が大きく跳ねた。
急いでソファーから起き上がり、しかしそのことを悟られないよう神楽はわざと怠そうに玄関へと足を進める。先程まで沈みきっていた心は、思わぬ人物の来訪に不本意ながらも浮遊し始めていた。
「……なんか用アルか」
騒ぐ心臓に気付かぬフリで声を掛ければ、佇む黒衣は張り付く前髪を掻き上げ臙脂色の瞳をこちらに向けた。
「突然で悪ィな。シャワー貸してくれやしねえか」
とても悪いと思っているようには見えない無表情でそう言いのけた男は、水が滴るスカーフを遠慮の欠片も無く絞り上げる。立派に出来た水溜まりを見、神楽はぴくりと青筋を浮かべた。
「こんな雨の日に傘差して歩かないなんてバカじゃありませんカ?自業自得アル帰れヨボケ」
「んな訳ねーだろアホ。そこで車に水引っ掛けられたんでィ」
「ぷっ。ざまーみろネ」
「てめえ……」
ひとしきりの言い合いの後、沖田はくしゃみと共にぶるりと身体を震わせた。さすがに同情した神楽がタオルを手に再び玄関に戻ると、差し出したその手を引っ張られいきなり口付けの嵐に遭った。沖田によると、
「おかえりなさいのちゅー」
だという。
……取り敢えず殴り倒した。
「ってえな、彼氏様にそりゃ無ェんじゃねーか」
「っ!彼氏とか言うナキモイ!!」
「ツンの割合多いなコノヤロー。……ま、いいや。とにかく風呂」
沖田が歩いた後に残る湿った足跡と水滴を見つめ、神楽は顔を顰める。
「……仕方ないアルな。無駄に流しっぱなしとかは止めろヨ!」
「そんなケチ臭ェこと言うんじゃねえや。客人はもてなすモンだぜ」
「無理矢理押し入った分際で何言うアルか。そんなに不満なら外のシャワーに当たって来いヨ」
神楽は脱ぎ捨てられた隊服の上着を投げ付け冷たい視線で沖田を射る。それに小さく肩を竦め適当な謝罪を入れると、沖田は何かを思い付いたように「あ。」と声を漏らした。
「湯、沸かしてくれるか?寒ィや」
「誰がテメーの為にんなことするカヨ。私なんて節水の為にいつも銀ちゃんと一緒に入ってんだからナ。金払わない奴がそんな贅沢」
──その瞬間、沖田が動きを止めた。
「……おい。今なんつった?」
「ハ?」
「だから、今言ったこともう一回」
じりじりと詰め寄ってくる沖田に後退りながら、神楽は記憶を辿り再び言葉を紡ぐ。
「……?金払わない奴が」
「その前」
「節水の為にいつも銀ちゃんと、っ……!?」
強い力に引かれ、冷たい布に顔を埋める羽目になる。耳元に熱い吐息を感じて、身体が妙に力んでしまうのを意識した。
「……旦那と風呂?」
「だ、だから何」
「はい強制連行ー」
「っな、はあぁッ!?」
不機嫌に小さな身体を担ぎ上げた沖田は、主人不在のデスクを睨み忌々しげに舌打ちをした。
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「はー、きもち……」
「…………」
湯気と石鹸の匂いが立ち込める、お世辞にも広いとは言えない空間。その中で更に窮屈な筈の浴槽に詰め込まれた神楽は、ただただ不満顔で揺れる水面を見つめている。
「神楽」
「…………」
神楽を後ろから抱き締めるようにして湯に浸かる沖田は、落とした視線の先に浮かぶなだらかな曲線を描く肩口に唇を寄せた。
「っひゃ、ぅ……!」
だんまりを決めていた少女の甘い嬌声に気を良くし、雪肌に指先を走らせる。触れる手の怪しげな動きに気付いた神楽は暴れだすも、いつもより熱く感じる湯に逆上せたのか力が入らない。
「オイっ、止めろヨ……!」
「ふにふにだし、なんか甘いし、……お前マジ食いモンだろ」
「舐めんなバカ!変態がァ!!」
「……かわい」
真っ赤に染まった顔と、同様にほんのり色付いた身体。年端の行かぬ少女がここまで艶めかしくなるものかと少し感心してしまう。そして、その姿に自らが熱を持ち始めたことを悟り沖田は苦笑した。
こんなにも夢中なのだ、先程の少女の発言は聞き流せたものではない。
「……いっそ俺んとこ来いよ」
「?何言ってるネ」
「家とか、……頑張りゃ買えると思うし」
「家って、は?」
「てめえだってほら……、成長期来たらやべぇじゃねえか」
「何アルかいきなり。成長期とか言ってんなよキモイ」
嫌悪感丸出しの神楽を気にもせず、細くも逞しい腕はその体躯を包み込む。頬に降りてきた唇のあたたかさに擽られ、神楽は小さく声を上げた。
「だから……、嫌なんでィ。旦那と同じ場所でてめえが暮らしてんのが」
「……銀ちゃんはパピー代行アルヨ?」
「おっさんでも男は男、でさ。なんだかんだ言ってもあの人は誰の心にも簡単に入り込みやがる、安心してらんねェ」
それに、俺ァ独占欲が強いんでねィ。
──そんな解りきった事実を今更告白され、神楽はぷっと吹き出した。付き合う前の銀時やその他の男に向ける殺気に満ちた視線を、知らない訳ではなかった。
……ただ、理由は図りかねていたが。
「そーご」
「んー?」
「……好きアルよ?」
覗き込む沖田の顔に近付き、触れるだけの口付けを送る。どこか一方的にも見える恋慕、しかし結局はしっかりと通じ合ったものなのだ。
「……知ってらァ」
優しい囁きに目を閉じるその直前。見えた赤面は熱さの為か、それとも……──。
それが自分の所為であれば良い、神楽は素直にそう思った。
雨宿りの合間に
(……ところで、ヨ?)
(なんでィ?)
(さっきから当たってるの、……やーアル)
(あ、バレやした?我慢出来ねえと思ってたとこでさァ)
(っ、お、押し付けんナ!)
(神楽……)
(やっ、へ、ヘルスミィィィ!!)
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アンケートリク
『沖田と神楽が一緒にお風呂』
入浴シーンが短いことには大変反省しております。だってこのままじゃ沖田がぐらたんを××ちゃうんだ仕方ない←
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