背中がどうにも熱くて、渋々筆を置く。これじゃあまともに仕事も出来ないと首だけを後ろに向ければ、大きな蒼眼とかち合った。その中に映る三白眼は、我ながら警察官向きではない人相の悪さを醸し出していると思う。


「何がしてーんだテメェは」
「…………」


巻き付く腕に力が籠もる。しかしどう考えても加減が見えるそれを引き剥がすことは、どうしてか出来なかった。


「……とーしろ」


──いつからだろうか、この少女が自分の許へ来るようになったのは。


「……どうした」


そしてそれを受け入れている自分が居ることに、何の疑問も持たなくなったのは。

(ただ心地好いと思うだけ)

揉み消した煙草は未だに紫煙を燻らしている。相も変わらず背中にしがみ付く体温、日常触れることの無い柔らかさを持つそれにはどうにも慣れることが出来ない。



「すきって」



小さな声が空気を震わせる。飛び出した言葉の唐突さに喉を鳴らしてしまい、動揺を悟られぬよう意味も無く頭を掻いた。


「サドに、ネ」
「総悟?」
「好きって、言われたヨ」
「……そうか」


餓鬼の頃から知っていたんだ、判りにくいようで単純なあの態度を見れば誰を好いているのかなんて一目瞭然。そして我も独占欲も強いアイツのことだ、いつまでも大人しく傍観者で居る筈は無かった。


「お前は」
「……サドがそんな風に思ってるなんて考えたこと無いネ。だからびっくりして、……逃げてきちゃったアル」


着流しを握る手は微かに震えていた。衝撃だったのだろう。喧嘩相手という存在であった男の、見たことの無い部分を知ってしまったことが。


「……それで?なんで此処に来た」


解っている、本当は。


「……頭ぐちゃぐちゃになって、そしたらとーしろーに会いたくなって、……気付いたら来てた、アル」


その目は惚れた男に向けるソレだった。所謂“恋”というものをしているオンナの目。そんなときには決まって海のような蒼に居たのだ。コイツを想う加虐者でも、いつも一緒の銀髪でもなく、



──その海に溺れた、俺が。



「……嫌いな訳じゃねえんだろ」
「え……?」
「総悟のことだ」


それでも、駄目なんだ。
俺が望んではいけない、手に入るとしても掴んではいけない。


「もう一度会ってみろ。アイツだって逃げられたんじゃあ不本意だろ」
「でも、今はとーしろーと居たいヨ」
「総悟の気持ちも考えろ。今頃ガラスの剣とやらが粉砕してるかもしれねえぞ」
「とーしろ」



足音が、止まる。



「チャイナ」


濃い影を纏って踏み込んでくる。声色は優しげながら感じ取る感情は怒りにも似た何か。大方、原因は俺にあるのだろうが。


「……サド」
「逃げるなんて酷ェや。泣いちまうぜ、俺」


気配が後ろに回り込む。普段であれば命を狙われる危険のある瞬間だが、感じたのは身体を引かれる弱い力。


「とおしろう」


泣きそうな声。熱は徐々に背中を離れていく。


「土方さん」


牽制するような鋭さを含んだ呼び掛けを聞き、俺は机上の箱に手を伸ばす。新たな煙草に火を点けるのは、少女との暗黙の了解に告げる終わりの合図。


「……行ってこい」


着流しを皺だらけにしていた手は、するりと解かれた。




「……ばいばい、ニコ中」




遠ざかる背中を見送れば、くたびれた煙草の灰が落ちる音。



「────……」



夕暮れの紅に溶けるように並ぶ栗色と橙。その距離が0になったとき、俺は静かに目を伏せた。









******
移転前リクエスト土神沖
土(→)(←)神←沖
無自覚に土方が好きな神楽ちゃんとそれを解ってて尚神楽ちゃんを欲しがる沖田くんと神楽ちゃんが好きだけど絶対に言うまいと気持ちを押し殺す土方さん。


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