※沖神+兄
※前半エセシリアス




「弱い奴には用も興味も無いけど」


父親の腕をもぎ取って故郷から姿を消したあの日。同じような言葉で幼心に絶望を植え付け去っていった兄が、今、目の前で微笑んでいる。


「ただの雌としてなら傍に置いてやってもいいよ、神楽」
「っ……!」


締め上げられる首、折られた腕に抵抗の手段は無い。薄暗い路地沿いの古家の壁、押し付けられた体には乾いた血の跡と無数の傷。

痛い。
苦しい。
──怖い。


「ほんと綺麗になったね。あ、俺に似てるんだから当然か」
「っ、は」
「この間まで可哀想なくらい幼児体型だったのにさ。いつのまにこんなイヤラシイ身体になったの?あ、もしかしてお侍さん?」
「ッあ、ぐ……!」


返り血に濡れた笑顔が近付いてくるのを、朦朧とする意識の中ただ眺めているしかなかった。ままならない呼吸を塞がれた唇がさらに困難なものにする。抵抗を止めたことに満足したのか、その手は拘束を解きしつこく頬を撫でてくる。
遠い記憶の中の懐かしいぬくもり。今更昔を思い出す愚かな自分が、縋るように瞼を閉じた。


「かぐら」
「にい、ちゃ……」


この優しい声も、抱き締められる心地よさも、全部、全部、願望が見せる夢。






「にいちゃん」
「……てめえの兄貴になった覚えは無ェな」


聞こえた声に安堵する。
ほら、やっぱり夢だ。


「……よおクソサド。また性懲りもなく私にケンカ売りに来たアルカ?しょうがないから相手してやるヨ」
「満身創痍で何言ってやがる。いつまで寝惚けてんだ」


頭上から降る言葉に全身の痛みと倦怠感を思い出す。味わった苦痛は現実に間違いないらしい。抱き起こされているという不本意な状態ではあるが、使い物にならない腕は未だにだらりと垂れ下がったまま動かせそうにはない。自力でどうにかすることは叶わないようだ。


「それで、何だってこんな路地裏なんざで昼寝してやがったんで?」
「昼寝な訳ねーだろバカアルカ」
「兄妹喧嘩にしちゃあ行き過ぎじゃあねえか」
「……分かってて訊いたのカヨ。面倒な奴アルナ」
「てめえの強情さにゃあ及ばねえや」


意地の悪い笑みに妙に安心してしまう。夢に見た笑顔の方がよっぽど綺麗に作られていたというのに。


「兄貴のこたァ話には聞いてるぜ。とんでもねえやんちゃ坊主だってな」
「……オマエには関係ないアル」
「関係無くねえなァ」


一気に表情を失った顔が間近に迫る。驚きに息を飲むと、かち合う瞳の中にどうしてか怒りの色を見つけた。怒らせるようなことをした覚えは無いが、目の前で機嫌を悪くされてしまっては見ないふりも出来ない。かといってどう反応すればよいのかも分からず、じっとその目に映る自分と睨み合うこととなった。


「手前のモンに手ェ出されて俺が黙ってられると思うか?」
「……真選組、アイツに何かされたアルか」
「は?……いや、違ェ、だから」


顔を顰められていい気がする訳はない。今度はしっかり相手を睨み付けてやれば、呆れたような顔で頬を摘まれる。


「てめえのことだっつーの、この鈍感」
「な」
「俺の前で強がんな。ムカつく」
「……意味、わかんねーヨ」
「全部顔に出てんだよ、アホチャイナ」


頬を撫でるのは夢の中とは別のぬくもり。
──ああ、やっぱりあれは夢じゃない。


「っ……」
「あーもう、一回泣いとけ」
「っふ、うえ……」


気まぐれに優しくする奴は嫌いだ。元よりこの男のことは気に食わない。そんな相手に弱味を見せるなど以てのほかと頭では解っていても、この情けない感情の塞き止め方は分からない。


「チャイナ」
「ンだよチクショウ」
「泣き顔マジそそる」
「……キモいアル」


それでも、ほんの少しだけならこんな奴に甘えてもいいのかもしれない。


「クソサド」
「あん?」
「このまま置いていったりしたら許さねーアル」


──少しだけ。


「……素直に動けねえって言やあいいのにねィ」




2013.8.5




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