顔を合わせれば啀(いが)み合い、言葉よりも拳での会話でコミュニケーション(ただの喧嘩)が始まる。そんな日々の繰り返しに、自分の中で不可解な違和感が生まれたことに気付いた。
チャイナを見かけただけで胸の辺りがむず痒くなったり、チャイナに触れる度、全身が急に熱を持ったり、とにかく今までとは違う自分に戸惑うばかりだ。
俺はどうやらチャイナに、敵意ではない何か別の感情を抱いているらしい。



「よお、お嬢さん。お出掛けで?」
「おうサド。散歩アル、天気いいからナ!」


珍しく成立する会話に何故か脳髄が浮ついた。緩みかけた口元を咄嗟に引き結び表情を取り繕うも、機嫌が良いらしいチャイナはそんな俺をさして気にも留めず傘の柄をくるくると回す


「……あ?天気良いってお前、そらそうだが」


確かに天気は良い。快晴だ。しかしそれはチャイナの弱点である太陽が燦々と輝いているという証拠でもある。傘が手放せない面倒は動き回るのが好きなこいつにとっては枷にしかならないであろうに、あえて外に出たがる理由が晴天とは些か納得出来るものではない。自然寄る眉根は、言葉にせずともその疑問を伝えたらしい。


「……空の色は好きヨ」


俺の思考を読んだように返される答え。あまりにも大人びた声に目を瞠れば、そんな不自然を誤魔化すように幼い顔が無理のある笑顔を作った。


「水色……、空色?綺麗な色アル。今日みたいな空は大好きヨ。傘の陰からでも十分ネ」
「……そうかィ」


夜兎である者の宿命か。
強さの代償は暗闇の下にしか与えられない自由。すべてを照らす光にすら忌み嫌われる存在。
この世の、異形。


「……俺は」
「っ、え」
「俺はお前の、その目の蒼」


引き寄せた腕は細く頼りない。こんな腕に何度も護られちまってんだから、情けねえが今更恥じることなんざ何も無ェ。
異形。それがなんだ。
目の前のこいつは、青空の自由に焦がれるただの小娘だ。
種族。夜兎。人間。
全部が全部、関係無い。


「真っ昼間の眩しい空色より、夜が明ける前みてえなその色の方が、好きだ」


チャイナが、好きだ。
──ようやく判明したこの感情を、俺の心はすんなりと受け入れていた。
ああ、やっぱりな。何処かでそう思う自分も居る。


「…………」
「え、と、……ありがとう、アル?」
「……おう」
「……うん」


お互い顔を赤くして、黙り込んで俯く。 掴んだ腕を放すタイミングも見つけられず、繋がったままのそこから俺の煩い程に響く心臓の鼓動を拾われてしまうのではないかと余計に全身の血流が早まった気がした。


「……な、なんか」
「っ、あ?おう」


顔を上げる。目が合った。思っていたより近い距離に再び固まる。
うわ。
やっぱ、キレーな、蒼、だ。


「きょきょ今日、暑いアルナ……!」
「……ああ、熱いな」


少なくとも俺はお前の所為で。




2013.3.21




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