「う、おッ……!?」 あてが外れ手持ち無沙汰に彷徨う足は、突然の衝撃に堪えるべく反射的に地を掴む。なんとか立て直した体勢で背後の気配に目を遣れば、見間違える筈もない鮮やかな色彩。土方は小さく息をつく。 「いきなりどうした。危ねーだろ」 「……ニコチンコノヤロー」 「あ゙ァ?」 「オマエのせいで私までニコ中ネ。どうしてくれんだヨ」 広い背中に顔を埋めたまま、神楽は恨めしそうにくぐもった声で呟く。回された華奢な腕は途端に力を強め、とんでもない怪力で腹部を締め上げられた土方は情けなくあがりそうになる悲鳴を噛み殺し巻き付くそれをぺちぺちと慣れた力加減で叩く。渋々と言った様子で身体を離す神楽が一歩下がるより先に橙色に大きな手が置かれ、上向いた碧い瞳には顔を顰めた黒髪が映る。 土方がポケットを探りおもむろに何かをその手に握り締め取り出すと、かさりと小さく紙を広げる音。音の正体を確認するよりも早く唇に押し付けられた固い感触に驚くも、隙間から滑り込んだそれはじわりと甘く神楽の口内に居座った。 「あ、め?」 「興味本位で煙草に手ェ出したってんじゃねえだろうな……?口寂しいならそれでも舐めとけ」 若干の怒りが見える表情。それでも叱り飛ばしたりはしないのだから、酷く優しい男だと神楽は思う。今はただの勘違い野郎ではあるが。 「……ちげーヨ、バーカ」 「ああ?」 「オマエ、いつも吸ってるから」 ──残り香に、恋しさが募った。 唇を尖らせ拗ねたように睨み付けてくる神楽に目を見開くと、刹那、土方は勢いよく顔を逸らし片手で覆い隠す。不審な行動にどうかしたのかと更に凝視をすれば、度合いを増した悪人面が仄赤く染まったままに姿を現す。顔を覆っていた手が神楽の肩を躊躇いがちに掴んだ。 「……苦ェって、喚くじゃねえか」 呟きには不服の色が混じっている。不味いものを不味いと言って何が悪いのかという文句が脳内で組み立てられるが、神楽はただぱちぱちとまばたきを繰り返す。 紫煙の味がした。 「……え」 「あ?」 吐息の掛かる距離。神楽の頬は一瞬で紅潮する。 「っな、何するネ!?」 「い゙っで、痛え!殴るな!!」 「おまわりさーん!!あ、コイツじゃねーカ……!」 「お前がんな顔すっからだろうが!しかも煙草がどうとか……、ね、強請られてんのかと思ったわ!!」 「っう、え、エロマヨ野郎!匂いの話アルばーか!!」 「エロッ……!?おま、んだとコラァ!!」 人通りの少ない場所とはいえ往来には変わりないのだ。誰に見られるかも分からない状況での不意打ちの羞恥に暴れる神楽は、土方への容赦無い反撃の手を緩めようとはしない。土方はといえば必死の形相でそれらを受け止め、僅かの隙に神楽の額めがけ何かを叩きつけた。 「……何ダヨ、コレ」 長方形の紙が二枚。しかも妙にシワが寄っている。 暴れ馬の鎮圧に成功した土方は安堵の息を吐くと、神楽の額に押し付けたままのそれを今度はばつの悪そうな顔で懐へ仕舞い込む。 「仕事の礼だっつって渡された。新装したテーマパークのチケットだとよ」 「……今日うちに来たのって」 「無駄になんのは勿体ねえだろ。だからまあ、餓鬼なお前なら食い付くんじゃねーかと」 「バカにしてんのかヨ」 「いや、違ェ、だから……」 早くなった日暮れ。 夕日に融けそうな髪をいささか乱暴に撫で付ける土方の手に、神楽が小さく吹き出す。 「でーとの誘いくらいもっとさらっと出来ないアルか」 「っ、るせぇよ!大人しく頷いとけテメーは!」 「どこのガキ大将ダヨ」 先程とは立場が逆転したやりとりに、遠くで呆れたようにカラスが鳴いた。甘い雰囲気が長続きしないのも不器用な者同士故か、並んで帰路を歩み始めてもなお色気の無い口論を繰り広げるのだから仕方がない。 「言っとくがお前、煙草なんざ絶対吸うんじゃねえぞ」 「……オマエが近くに居ればいい話ネ」 「っ……!!」 幼い恋人に翻弄される男とまだまだ素直になれない少女。傍(はた)から見れば恥ずかしいだけの二人だと証言をしたのは、偵察に駆り出された哀れな眼鏡の従業員であった。 ─────────────── かなんさまリクエスト 『土神ハッピーエンド』 長くなりまして申し訳ありません。 そしてやはり隊長が出張ってしまいました。 副長はウブだといいです。 2013.2.6 |