※若干のカニバリズム的表現注意




「知ってるかィ?人肉ってなァ固くて酸っぺえモンなんだと」


ふうん、と気の無い返事にも沖田は満足げに薄く微笑み、静かに上唇を舐めた。赤に塗れたままの手がずるりとその肌を滑る。掠れた色が伸びた。


「しかしデマだったみてえだなァ。だっててめえは柔くて甘くて、……ああ、旨そうだ」


辛うじて元の白が覗く肩口に歯を立てられさも不愉快そうに歪んだ神楽の顔は、重たげに此方を見上げたかと思うとすぐに表情を失った。


「……私はニンゲンじゃないし筋肉はそこらへんのマッチョも真っ青なくらい鍛えてあるし、甘いなんてオマエのただの勘違いネ」


鼻をつくのは血と汗のニオイ。酷く興奮した獣のようにそれを探る沖田に眉を顰めつつ冷めた声で言い放つと、神楽は塞がり始めた傷口に気怠く視線を注ぐ。流れ出た血で汚れてはいるが負った怪我の多くは回復しつつあった。しかし未だ疲労に押さえつけられた身体は指先を動かすのも億劫な程だ。そんな状態を知ってか知らずか、沖田の腕が強引にその腕を捉える。引き倒された痩躯の上には、ぎらついた眼の沖田が獰猛な本能を剥き出しに此方を見下ろしていた。


「……なあ、てめえがこのままくたばるってんならその前に俺が喰っちまったって何の問題も無ェだろ?てめえはてめえのまま俺になる、……どうでィ?」
「最高に屈辱アルナ。お断りネ」
「それをお断り、つったら」
「オマエが死ネ」


鋭い視線は嫌悪に満ちている。それすらも愛おしいとでも言うように双眼を細めると、沖田は乾いて赤黒く変色した血の跡につうと舌を這わす。頬を拭う生温かい感触に顔をしかめる神楽は、抵抗の意を込め精一杯に顔を逸らした。晒される生白い首筋、伝った汗に沖田の喉はごくりと派手に鳴った。


「っ、ひ」


思わず漏れ出る短い悲鳴。薄い肉に食い込む痛みは徐々にその強さを増していく。噛み付かれているのだと理解するのは容易だった。


「やめ、ろッ……!」


神楽は渾身の力で沖田を押し返し、その首元へと手を伸ばし巻かれたスカーフを力任せに引き下げる。そして驚いたように目を見開いた顔に一瞥呉れると、露になったそこに意趣返しとばかりに噛み付いた。


「っ……!」
「う、わ」


肩を押され地面へ背中を打ち付ける。しかしはっきりと残る噛み跡を確認し、してやったりと口角を上げる。さらに何か言い捨ててやろう、そう思い口を開こうとした刹那。


「っん、う……!?」


……発することが出来たのは、小さくくぐもった音。
状況の把握もままならないなか口内に滑り込む違和感に背中を震わせ、襲いくる未知の感覚に神楽はぎゅっと目を瞑る。何が起きているのか──、酸素の行き渡らない頭は答えを弾き出してはくれない。


「は、っく」
「ほら」
「っふ、んん……!」


がり、唇に走る痛み。


「血も」
「いっ……」


またも噛み付かれるは、傷口を庇い唇にあてがった手首。


「肉も」
「んっ」


掬い取られる零れた雫。頬を辿り目元に吸い付く濡れた熱に思考は溶かされていく。


「何もかも全部、こんなに甘ェ」


なあ、だから。……囁きは遠く、それでもこの身を呑み込むように確かな音をもって響く。取り戻しかけた自由は奪われていく意識と共に再び攫われる。狭まる視界の中、最後に捉えたのは場違いに綺麗な蜂蜜色だった。



「喰っちまっても、いいだろィ?」



──勝手にしろと、その声は果たして届いただろうか。何を言ったところでどうせ聞きやしないのだから知る必要も無い。諦めたように考えることを放棄した神楽が次に目覚めたときに見たものは、青ざめた保護者とそれとは対照的に喜色満面な笑みを浮かべた捕食者の姿だった。



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ぐらたんを助けた恩を売って婚約者の座を手に入れた隊長のはなし。



2013.1.5




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