※色々とぬるい




不意に、首筋に執拗な程噛み付いていた男が顔を上げた。身を起こして機嫌の悪そうに舌打ちをすると、濡れた口付けが唇を掠める。


「何考えてやがる」


唐突な質問に呆けた頭を刹那回すと、しばらく声を忘れていた為に縺れた舌を精一杯動かしようやく許された意思表示。思いの外小さなそれも、二人の音しか存在しないこの場所では十分な役割を果たす。


「……銀ちゃん、新八、姉御、定春、パピー……」
「もういい」


自分から尋ねておいて遮るという理不尽さに呆れ閉口すると、それを是と捉えたのか再び唇が塞がれる。ひとしきり続いた行為の後労るように舐めあげられたそこは、既に麻痺しているのか感覚が遠い。


「……帰りたいかィ」
「当たり前ダロ」
「まだ一月も経ってねえ」
「むしろなんで今になっても見つけてもらえてないのかが不思議アル」
「そりゃあ……」


──俺が隠してるから?
悪びれもせず言う澄ました顔に拳が届かないのがもどかしい。


「……なんで、とかもう訊かねえんだ?」
「ここまでされて解んねー筈ないダロ。はー、モテる女は辛いアル」
「……まぁ、他の奴にゃあ渡したくねーからこんなことしてんでィ。つまりはそういうこった」
「……またいきなり直球で来るアルナ」


内容に留意しなければ平常と変わらぬ会話、沖田と神楽、二人の温度感。しかし神楽の身体に無数の拘束具が取り付けられているという点において、この状況の異常さは明らかだった。


「いい加減猛獣扱いは止めろヨ。いまさら暴れたりしないネ」
「……暴れなくても逃げる」
「それはオマエの態度次第だナ。はっきりしない男は嫌いアル」


──拉致監禁。
何を思って沖田がそんな暴挙に出たのか。初めの頃こそ見当も付かなかったが、最早それも既知の事象だった。覚えのない場所に連れ込まれ拘束され、しかも相手はあのサド警官。一通りの抵抗は済んだ。それでも脱出を為すことが出来なかった今、さてどんな拷問が待っているのかと諦めた訳ではないが覚悟を決めて視線を合わせた。その瞬間の動揺を、神楽は未だに記憶している。……否、忘れられないという方が、正しい。

──酷く辛そうな、男の顔。

耳障りな金属音の中聞こえた呟きを拾うことは叶わなかったが、神楽は妙に納得した。暗い陰を落としてはいるが濁りはせず揺れているその眼に、ああ、捕まってしまったのだ、と。


「…………」
「おいこらヘタレヤロー」
「……馬鹿じゃねえか。監禁されて挑発してくる奴なんざ居ねえぜ、普通」
「普通なんて枠に収まってやる私じゃねーヨ。それとも、そんなつまんねー女捕まえて満足してるアルカ?」


窒息死が最終目的か。そう思う程際限なく唇を貪られ、噛み跡を這う舌に唾液を塗り込められ、所有印を刻まれた。しかし一度もその先を求められたことは無い。随分と長い時間、ただ抱きすくめられていた。沖田の気持ちなど、垂れ流しにされているようなものだった。……それにも関わらず肝心の一言は口にしないのだから、知らぬふりで大人しくしてやる義理など無い。


「……は、そりゃあそうだ。……だがまあ、満足なんてとんでもねえや」


神楽の頬を包み、するりと親指で白磁のごとく透ける肌を撫でる。数えるのも億劫になる程に交わした長い口付けをまた繰り返す沖田に呆れながら、呼吸の合間渡される幾度もの囁きに神楽は小さく頷き微笑んだ。



すきだ。
……おせーヨ、ばぁか。




2012.11.11




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