自他共に認めるサディストであるこの男は、他人の恐怖に歪む顔を見ることに悦びを感じる、言ってしまえばド変態である。自らの嗜好が人とは随分逆行したものであることは自覚済、しかし変える気は更々無く日常的な上司抹殺未遂や部下いびりに終わりは見えない。そしてそのサディズムは同性のみに留まらず。実際、上司の想い人の弟、その文通相手の妹を短時間で調教したこともある。女相手になんてことをと鬼副長にお叱りを受けたものの、誰が相手であろうとこの加虐思考ばかりはどうにも仕方がないと欠片の反省も見せず言い捨てた。
この性分が性癖にも反映しているであろうことは十分に予想出来たし、そもそも恋愛感情というもの自体に理解が無かった。仮に恋人という存在が現れたとして、果たして相手を愛することなど出来るのだろうか。また件のように調教によって忠犬へと変貌させてしまうか、ないしは泣かれて逃げられる。そんな結末しか見えないのだ。
だから、恋をしようなどとは思わなかった。
恋というものが、愛とは何かを知らなかった。




「何アルカ?」
「……いや」


伸ばしかけた手を慌てて引き戻し、誤魔化すように頭を掻く。小首を傾げ此方を見つめる碧眼のあざとさに、ご希望ならば襲ってやろうかと内心で毒づくも大人しく胡坐をかいたままの自分。激しい雨音のお蔭で、なんとか気まずい沈黙は生まれなかった。


「……チャイナ」
「おー?」


ごろりと寝転ぶ深紅のそれは、深く入ったスリットから惜し気もなく雪肌を晒し、引き摺るように細く華奢な脚を畳に這わせた。
……誘っているのか。
再び臆病な劣情が身体を巡る。


「…………」
「なんだヨ」


派手な色は自然界での危険のサイン。目の前のそれはまさに、一度喰らえば逆に此方が侵食され底無しの愚かしい淫夢に溺れてしまいそうなイロを持っている。
無防備に無意識に。振り撒く色香は誘蛾灯の淡い光の如く。


「……脚」
「は?」
「脚、仕舞え」


女なのだ。
“これ”は確かに、沖田にとっては女なのだ。生物学的に、などと堅苦しい話ではない。


『好きアル』
『……は?』
『だから、オマエのこと好きアル、私。』


目の前の少女は、沖田に告げた。からかうでもなく、なんの打算も含まない可笑しい程真面目な顔だった。長い間好敵手として拳を交えていた相手がまさかとは思ったものの、次にはただ頷いていた。己の予期せぬ行動に少なからずショックを受けるが、これは悶々と胸に沈めていた疑問を解明する好い機会ではないかと戸惑いを半ば無理矢理合点に導き神楽を受け入れた。……筈だった。


「今更気にすることでもないダロ?この恰好で喧嘩したことだってあるネ」
「今更も何もあるかィ。んな貧相な身体、いつまで経っても気の毒で仕様がねえ」


素直に聞き入れないことなど分かりきったこと。生地を伸ばす勢いでドレスを引き目の毒な其処を覆えば、妙に静かな少女と視線がかち合う。


「……なんでィ」
「もしかしてオマエ、照れてるアルナ?」


──不意打ちに見せられた悪戯な笑みに、沖田は言葉を忘れた。


「……サド?」
「っ、……!」


沖田はとうとう己の最期が訪れたのかと混乱の中悟った気分だった。困ったように此方を見つめる神楽を前に、痛い程に打つ心臓と難しくなった呼吸。顔に集まる熱に、耳の先まで痺れを自覚した。


「あれ……、え。オマ、エ……」
「ああ?言いたいことがあんならはっきりしろィ」
「……おう」


ゆるりと起き上がり座り込む神楽は、伏し目がちに視線を彷徨わせた後、窺うようにその顔を上げた。


「オマエって……、私のこと、結構好き、アル?」


沖田の疑問──恋とは何かという小恥ずかしい問いであった──に対し、最終的に答えを突き付けたのは他でもない神楽。欲の陰に隠れてしまっていたものの、沖田が抱いている多色の情は恋慕のそれであり、それ以上でもある。神楽の告白を受けた理由など至って単純。
沖田も神楽に恋をしていた。沖田は神楽が好きだったのだ。


「……マジでか」


呟きは自身のみが聞くに留まったが、突然の体感温度の上昇は暗に沖田の赤面の状態悪化を指している。つまり、沖田の本音は言葉にせずとも露見していることとなる。とんだ痴態だと息を漏らすも、同じように頬を染め嬉しげに微笑んだ神楽を見、今回に限っては恥も掻き捨てだと強情を張ることにした。
しかし愛の言葉を囁くにも勇気がいるものだと、確信めいた質問への返答を考えつつ些か困り顔で笑い、神楽を抱き寄せる。
答えはこれで良いか?なんて、彼女は怒るだろうか。


(これが精一杯つったら、笑われんだろうな)



愛に似ている、恋をしている。




2012.9.17




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