最近、奴がおかしい。


「……何アルカ?」
「っ、は?」
「人の顔見たまま呆けてんナヨ気色悪い」
「……ちったァ言葉選べ、クソチャイナ」


やはりおかしい。以前なら「誰がてめーの顔なんざ見るかィ、自意識過剰だクソチャイナ」などと言われていたであろうこの場面、睨むというにはあまりにも生温い視線に晒され神楽はなんとなく居心地の悪さを感じた。


「風邪でも引いたのカ?熱、あるアルカ?」
「や、違ェ、けど」


仄かに赤い頬を不気味に思いつつ恐る恐る額へと手を伸ばす。ぴたりと当てた掌にはそう高くない沖田の体温、どうやら熱は無いらしい。


「寝不足……、は無いヨナ。見掛ける度寝てるし、オマエ」
「……眠れてねえ、この頃」
「マジでか。夜も?」
「ん。」


この覇気の無さはそれが原因だったのかと納得するも、こいつが不眠に陥るようなデリケートな精神を持ち合わせているとはとても思えない。睡眠障害は心の問題がどうかとか、関心も無くチャンネルを変えることすらしなかったテレビで白衣を来たおっさんが言っていたことを思い出した。


「一丁前に悩み事カ?」
「なんでィその言い方。てめえの方が年下の癖に」
「年はそうでももう立派なレディアル」
「……そうかィ」


神楽はとうとう恐ろしくなった。
「餓鬼が何言ってやがんでィ、鏡見直してこい」、──そんな皮肉が飛んでくることも無く、押し当てた手に擦り寄るようにして目を閉じた沖田にますます募る不審感と小さな不安。一抹のそれに、どうしようもなく落ち着きを欠いてしまいそうになる。


「そこまで死にそうな顔されちゃバカにするのも気が引けるネ。さっさと帰るヨロシ」
「心配でもしてくれてんのかィ?」
「んな訳ねーダロ。弱ってるオマエがキモイってだけアル」


からかうように笑む沖田の額を反動をつけて押し退けると、正面に向き直り爪先で地面を弄る。拗ねた顔は照れ隠しなのか、頬には先程の沖田同様に赤みが差している。


「……オマエが帰んねーなら私が帰る」


太陽に気を遣う必要は無し、好きなだけ暴れることが出来ると思いきや喧嘩は勃発しない。ベンチに立て掛けた傘を手持ち無沙汰に掴み、神楽は勢い良く立ち上がった。相も変わらず居心地は悪いままで、おかしな気分に苛立ちすらも覚える。


「チャイナ」
「じゃーナ」
「……チャイナ」
「っ!」


神楽の細い手首を、沖田が捕えた。


「んダヨ、はなっ……」
「風邪じゃねーけど、病気みたいなモン、かもしんねェ」
「は?」
「それに、これ、お前の所為。だから」


──こっち見ろ。
沖田の囁きに、意思より先に身体が従った。


「なあ」


視線は出会い、絡め取られる。








2012.7.1




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