振り返ると、其処にはチャイナ。


「おにーさん、一般人じゃないよネ?カタナ差してるし、もしかしてあんたもサムライ?」


……チャイナと言っても俺の嫁(になる予定)のアルアルチャイナ娘ではない、胡散臭過ぎる笑みを湛えた三つ編みチャイナな優男。雲によって霞んではいるが晴れた空の許、使い古されたように見える番傘は容易にそいつの正体を推断させた。


「……まあ。ついでに言やあ警察でさァ」
「ケーサツ?丁度いいや。俺今人、ていうか天人を捜してるんだけど。一応女の、ネ」


嫌な雰囲気を纏った野郎だ。──自分と同じニオイがするから、なのかもしれないが。


「人捜しはちょいと管轄外ですかねィ」
「えーっと、眼は蒼くて、髪は橙色で」
「無視か」


そして野郎が指折り列挙する特徴はやはり俺の嫁(十六になったら娶る)に不愉快な程合致しており、同族だということは確実だ。遠い星から遥々何の用でィコノヤロー。


「……あ、俺とそっくりって言った方が解りやすいか。」


そう言って薄く開いた眼はチャイナと似た蒼、髪色も同様にチャイナの色を思わせる橙がかったそれ。同族、どころの関係ではないようだ。しかしチャイナから父親以外の親類の存在を聞いたことは無い。大抵の人間は受け入れるチャイナが口に出さないということは、こいつはチャイナにとってあまり心覚えの良くない存在なのだろう。ならば此処で面識があることを明かすのは賢明な対処とは言えない。……しっかし、まぁ。


「知らない?おにーさん」


お巡りさんに殺気飛ばすのはいけねーや、おにーさん。








「帰りやしたー」
「あ、沖田隊長お帰りなさい。チャイナさん来てますよ」


出迎える山崎の手には大量のマヨネーズが入ったスーパーの袋。また土方の遣い走りか。ご苦労なこった。


「おー、とうとうしょっぴかれたかィ不法入国娘」


当の土方は不在なのかはたまた近藤さんの許可を得たのか、寛ぐチャイナの姿に局中法度の脅威は微塵も見えない。……というか何故俺の部屋に通したザキ良い仕事しやがる。


「ばーか。ジミーがどうしてもって言うからご馳走されに来てやったのヨ」
「何が来てやったでィ、押し掛けただけだろ」


素直じゃない俺の口は意志とは反した喧嘩腰な言葉を吐き出す。そんな俺とチャイナの関係は、哀しいかな、嫁どころか恋人にすら成り切れない。


「いや!チャイナさんが買い物籠におかしなものばっか詰め込んでたから心配になって、俺が声掛けたんですよ!チャイナさん、夕飯当番だって言うから」
「おかしなモンって……」
「折角張り切ってたのに旦那が仕事で帰ってこれなくなったらしくて、拗ねちゃってたみたいなんですよ」


チャイナを庇うように言った後、山崎はこそりと俺に耳打ちをする。──いつもだ。チャイナの傍にはいつだって旦那が居る。チャイナに近付く度感じる旦那の存在は、無性に俺を苛立たせた。


「……あんま食い荒らすんじゃねーぞ。隊士の分も結構な量なんだから」
「む、私だってそれくらい弁えるアル」


頭に手を置いてぐりぐりと撫で回してやると、そうも嫌がる素振りは見せずただ俺を睨み付けてくる。意外な反応に驚きつつ、そんなチャイナに自然と顔が綻んだ。



「なーんだ。おにーさん、やっぱり嘘ついてたんだ」



──背後から聞こえた声に振り返る。何処かで見たデジャヴ。其処にはやはりあの優男が居た。


「知らないって言ってたのに、ひっどいナー」
「……あんた、なんで此処が」
「顔に出過ぎだよネおにーさん。神楽のこと知ってるって、見て判ったヨ」


日も傾き始めた頃合い、夕日が野郎に影を置き窺うことの難しい相手の表情を探れば、見えやしないがあの不気味な笑顔のままなのだと察する。


「神威……!」


切迫した声でそう漏らすチャイナ。刹那、野郎は俺をすり抜けチャイナを目前に立ち止まる。閉じた傘で無遠慮に畳を突き、それに体重を掛け身を乗り出すとチャイナに目一杯顔を寄せ、笑みは絶やさず口を開いた。


「そんなに怯えないでヨ、暇が出来たから会いに来ただけ。……あ、でも、仕事増えちゃったかも」
「ッ何、を……」
「害虫駆除?変な虫、付くのは嫌だしネ」


よいしょ、とわざとらしく立ち直し、神威と言うらしい名のそいつは俺にその笑顔を向ける。好意的なものではないことなど、確認せずとも判った。


「神楽のこと欲しいんデショ?おにーさん」
「は、っ?」
「だから、取り繕おうとしたって無駄だヨ。誤魔化せてないってば」


チャイナはその場に立っているのがやっとのようで、小さく震えながらも瞳だけはいつもの強さを秘めている。視線はひたすら野郎にのみ注がれており、こんな状況下でもしっかり嫉妬している俺はもう重症だ。


「……そうだっつったら、あんたはどうするんで?」
「勿論、俺が審査してあげるんだヨ。いくら神楽が出来損ないだからって夜兎の女には変わりないし、子孫繁栄を考えたら弱い男になんかくれてやれないからネ」
「子孫なんてそんな、気が早えでさァ……」
「何照れてんのキミ。キモイ」


笑顔の淡泊さに比例して増す殺気。冷える空気に気付かない程鈍くはない。


「聞いてりゃ色々言ってるが、あんた一体、こいつの何なんで?」


柄に手を添え攻撃の可能性に待機する。夜兎。女のチャイナでさえもあの強さだ、男なんざもっと怪物だろう。父親が良い例だ。


「……駄目な妹は手が掛かる。幾つになっても、ネ。」


作られた笑顔に隙を見た一瞬、滅紫が俺と奴の間を裂いた。


「用が済んだならさっさと帰るヨロシ。こいつらに手を出したら許さないアル」


振り下ろした番傘を握り締めたまま、チャイナが“神威”に吐き捨てる。


「チャイナ」
「迷惑掛けたナ、サド。家庭の問題アル、あとは私が収めるネ」


弱々しい笑顔。強がるチャイナは微かに目元を赤く染めている。泣きそうな、そんな顔。


「……家庭の問題、ねィ」
「そうアル。だから」
「じゃ、俺にも関係あるってこった」
「──は?」


怪訝顔のチャイナを引き寄せ、そのまま腕の中に迎え入れる。らしくもない顔を見ていられなかったということもあるが、何よりシスコン兄貴に妹離れを推奨してやろうという俺なりの思いやりだ。あ、やっべえ柔けーやチャイナ。きもちいー。


「……近々弟になりまさァ、お義兄さん。武装警察真選組一番隊隊長、沖田総悟と申しやす」


重い音と共に転がる傘。戸惑っている様子のチャイナ越しに野郎を見れば、より一層のイイ笑顔。最早隠す気は無いらしい殺気、漏れている、ではなく、禍々しいそれを“発して”いる。


「俺、冗談はあんまり好きじゃないんだよネ」
「冗談だなんてまさか。妹さんは貰いまさァ」
「……殺しちゃうゾ?」
「それこそ冗談キツいですってお義兄さん」


チャイナの抱き心地の良さに思考は溶解、お花畑状態。頑なに犬猿を演じていた俺の理性は何処かに弾け飛んだ。



「取り敢えずチャイナ。嫁に来い」



十六までなんて待てねえや。





おまけ





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