「つーか何。着替え必要になるってどういう状況」


紙袋を片手に、隠す素振りも無く大きな欠伸。電話の音に夢の世界から引き上げられた所為で気分は最悪とはいかないまでも悪く、掻き乱す銀髪のハネ具合にも苛立ちを感じていた。寝癖が相まって一段とボリューミーなそれに、土方は吹き出しそうになるのを堪えるのに必死だった。


「あァ、俺のマヨを──」
「お宅さあ、そろそろそのマヨラーキャラに限界感じない?君みたいにクソつまんない子は無理してギャグパート担当しなくて良いんだよ。どこぞの世界ブッ壊すのが夢の痛い子みたいに我が道進んでれば良いの」
「マヨの無ェ道は俺の道じゃねえ!!」
「……あ、うん、ごめんね。銀さんもう何も言わない」


土方の剣幕に引き気味、というか完全にドン引いた銀時は、逸れた話題の軌道修正を図ろうと通り過ぎた会話を思い返す。目の前のマヨネーズ中毒は真性だという不要な記憶は削除した。


「……で、なんで神楽とマヨが関係あるんだっけ」
「だから、チャイナ娘にマヨが掛かっちまったんだよ、俺の」
「へー。神楽に、掛かった?マヨが。……俺の、マヨ……?」


言葉尻を沈め沈黙を生み出す銀時。刹那襲いくる殺気と思しき威圧感に、土方は思わず帯刀していないことも忘れ構えを取った。


「……とうとう尻尾出しやがったかこのロリコン警官さんよォ」
「はァ!?」
「はー、ウチの神楽に……、万事屋のマスコット神楽ちゃんにぶっかけ?……許されねえぞ」


間合いに入ろうものなら斬り捨てられる。それほどまでに張り詰めた空気の中、銀時の口から出たのは親馬鹿も越えた発言。あらぬ疑いを押し付けられ、下手をすれば死に近づくやもしれぬこの状況にそぐわぬそれに土方は一気に憤慨した。


「如何わしい勘違いで人に不名誉なレッテル貼ろうとしてんじゃねえよ!普通そんな心配せんわ!!」
「マヨの化身が俺のマヨとか言ったら誤解招くに決まってんでしょ。怖いわー、警察が変態なんて」
「よーしそこに直れ。てめえの余計な心配、その残念な脳味噌ごと昇華してやる」


ばきりと拳を鳴らし青筋を浮かべる土方と白けた顔の銀時、すっかり熱量の逆転した男二人の睨み合いを制したのは、からからと開いた扉の音だった。


「あ、いらしてたんですかィ旦那」


お手間取らせちまいやしてすみません、と特に何の感謝も労りも見えない表情で沖田は言う。そしてその腕に横抱きにされているのは、いわば“彼シャツ”に身を包んだ神楽。その頬は紅潮し、瞳は潤み揺れている。……よくよく見れば沖田は上半身に何も纏わず、黒いベストは神楽の下敷きになっていた。


「……何その恰好」
「ああ、旦那があんまり遅ェんで、俺が着せやした。元着てたやつはマヨネーズ塗れでとても着れたモンじゃありやせんし」


やけに大人しい神楽と、見るからに機嫌の良い沖田。銀時は神楽の赤らんだ頬に冷や汗が伝った。


「いや、恰好っつーより……」


動揺の色を隠せないまま、思い当たる最悪のシチュエーションを笑い飛ばすかのように乾いた声をあげる。銀時のそんな様子を沖田が見逃す筈も無く、希望を打ち砕く妖しい笑みに口角を歪める。


「まあ安心して下せェ。湯冷めはしねえように温め合ってましたんで、風邪の心配は無用でさァ。……なァ、神楽?」
「っ……!!」


分かり易く身体を跳ね上げた神楽に何かを囁き銀時の手から上手く紙袋を攫うと、沖田は軽い足取りで遠ざかっていく。廊下の角でその姿を見失ってから、銀時の首はぎこちなく土方を振り返った。


「温め合うって、……え?」
「…………」
「…………」
「……赤飯だな」



──そして翌日、真選組屯所の破壊活動は敢行された。




2012.5.30




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