「神楽」 「ハイヨー」 相変わらず空っぽな鞄に少ない荷物を詰め込んでいると、その奥底に未開封の酢昆布を見付けた。今日は良い日かもしれない。……もう放課後だけど。 「悪ィ、急に委員会入りやがって」 「ほー。お疲れさんアルナ」 「つってもすぐ終わる大事無ぇ用だから。……待ってられるか?」 「しょーがねえナ、待っててやるヨ」 「ああ。サンキュ」 はにかみ笑いとでも言うのだろうか。見ていると何故か擽ったくなる笑い方をするから、私も思わず口元が緩む。頭を撫でられることにもすっかり慣れて、むしろ心地好いとまで思えるようになってしまった。 「とーしろー」 「なんだ」 「頑張るヨロシ」 「……おう」 背中を見送ると、収めた椅子をまた引き出して腰掛けた。少し前に最終下校時刻まで寝ていたことを部活終わりのマヨラーに怒られたことを思い出す。オマエを待ってたのに、そう零すと見事に真っ赤になったあいつの顔。 誰よりも不器用で、誰よりも優しいとーしろー。 『付き合う……?』 『ああ』 『……トッシーのことは好きヨ?でも』 『俺が言うそれとは違うってんだろ?……解ってるさ』 『トッシー』 『返事は聞かねえ。今は、まだ』 そのときの背中には、何も言えなかった。 『待ってるから。……勝手にな』 姉御は言った。友達以上恋人未満、一番不安定な関係だって。 「土方くんは怖いんじゃないかしら。待つことを選んだのは彼でも、あっちは待つことしか出来ないのよね?」 ──姉御の言う通りだ。 結局私はマヨラーを待たせたまま曖昧にこの数日を過ごしてきた。 待つと言ってくれたあいつに甘えて返事を先延ばして、自分が楽な方に逃げて。 「土方さんと付き合ってんのか」 「ぎゃっ!!」 突然の声に肩が跳ね上がる。 振り返った先には澄ました顔の沖田。教室にはいつの間にか他には誰も居なくなっていた。 「オマエに関係ねーダロ」 「まぁな」 「つーかオマエ、マヨと委員会同じダロ。なんで居るアルカ」 「俺が真面目に出席するとでも?」 「……それもそうアルナ」 私がそう言ったきり会話は閉じた。黙ったまま席に着いた沖田は隣から私をじっと睨んでいる(ようにしか見えない)。 「……オマエ、帰らないのカヨ」 「俺が居ると困ることでも有るのかィ?」 「べっつにぃ?オマエなんて空気と同レベルネ」 発掘した酢昆布を一枚取り出すと口に運んだ。大好きな味に顔が綻ぶ。 「……チャイナ」 幸せな時間に割って入ってきた沖田を、さっきまでの奴のように睨み返す。帰らないなら委員会行けよ。 「なんだヨ」 「付き合ってんの」 「さっき言ったじゃねーカ。オマエには関係無い」 次いで一枚、……そう思ったところで、腕を掴まれた。 「……ねーよ」 「は?」 「関係無くなんかねえ」 沖田の目は真剣で、私は言葉に詰まる。徐々に近付く距離、頭はただ混乱して、その手を振り払うことさえ出来ない。 「沖……」 聴覚の片隅に、聞こえた。 「遅えんだよ」 「……土方さん」 「もう遅えんだよ総悟。安全圏でいつまでもビビってたてめえの自業自得だ」 マヨラーは乱暴に掴んだ沖田の襟元を解放すると、私を見て苦しげな笑顔を作った。そんな笑顔、見せられたって嬉しくないのに。 「済まねえ。待つって言ったアレ、我慢出来なくなった」 「とーし、ろ」 大きな手が頭に置かれて、落ち着く筈のそれが、今だけはとても重く私を責める。 考えることから、とーしろーの気持ちから逃げる時間の、限界。 「答えを聞かせてくれ、……神楽」 タイムリミット。 ─────────────── 細かく言うと 沖(→)(←)神←土 から 土→(←)神←沖 2012.4.15 |