「ドS野郎!今日こそメッタメタのボッコボコにしてやんヨ!!」


構えた傘の銃口は蜂蜜色を確と捉え、どんよりとした曇天の下揚々と言い放つ少女の瞳はその鈍色に反しきらきらと輝いている。
くだらない口喧嘩から始まる少々、否、かなり乱暴な遊戯が、神楽は嫌いではなかった。


「上等でィ。返り討ちにして服従させてやらァ」
「服従するのはオマエネ!跪かせてやるアル」


沖田はアイマスクを懐に仕舞い愉しげに笑うと、挑発するように目を細め神楽に視線を注ぐ。しかし抜刀の気配は見せない沖田、神楽はそのことにいつも不満を覚えていた。本気のぶつかり合いを望んでも応えてはくれない好敵手。……悔しくもあり、寂しくもあった。


「おいサド!オマエ、なん」
「総悟ォォォォォ!!!」


──聞き憶えのある怒声が神楽の言葉を遮り響く。反射的に振り返る視界の端に黒い影が映った刹那、地表は神楽に別れを告げていた。簡単に言えば、神楽の身体は宙に浮いていた。勿論浮遊しているなどという不可思議な現象が起こっている訳ではなく、背後から何者かによって抱き上げられ現状を強いられているのだ。

当然その何者か、とは。


「はー……。うぜえ土方」


言うまでもなく、沖田その人である。
そんな二人の現在地は公園の植え込みの陰。……神楽は理解が追い付かないで居た。お腹の辺りに回された腕、背中から伝わる熱、そして耳元に感じる吐息。


「……行ったか?」
「っ!!」


近過ぎる声に擽られた身体はぴくりと小さく反応を見せる。心なしか纏う空気が熱い。


「お、い……!なんでわざわざ隠れたんダヨ」


この状況を理解していく程に混乱する頭。それを誤魔化すように口早に訊ねれば、余計に感じる耳元の気配。失敗だった。


「あー……、今日は土方の小言に付き合う気分じゃないんでィ」
「なら小言言われないように真面目に仕事しろヨ」
「喧嘩売ってきたのはてめーだろィ」
「オマエがサボってたからダロ」


動揺を悟られないようわざと慳貪に声を返す。変に意識をしていまうのもこのおかしな体勢の所為。いつもならこんな近距離、どうということはないのだ。必死に言い聞かせる自分に違和感。神楽は働かない脳をフルに回転させ、脱出の手段を考え始める。
まずは巻き付くこの腕を、……あ、そうだ肘でキめれば……──。


「っひ……!?」


吸気に混じった掠れ声が飛び出る。咄嗟に押さえた耳に残る感触は未だに消えてくれない。


「……あり?もしかして感じちゃった?」
「何するネ!くすぐったいアル!」
「耳、弱いんで?へェ……」
「ふ、わ」


やんわりと手を剥がされ、ふ、と吐息を吹き込まれる。耳孔を撫でた生温かいソレは、神楽の思考を侵食するように鈍らせた。


「こんな所が弱点とはねィ。良いこと知った」
「こっ、この神楽様に弱点なんて無、っや……!」
「身体は素直に反応してくれてるぜィ?チャーイナさん」


耳殻をなぞる柔らかさ。一度ゆるくそこを食まれ背筋に緊張を通した瞬間、ぬるりと濡れた熱が執拗に内部をまさぐる。塞ぎようのない聴覚に、水音がぴちゃりと木霊した。


「ば、舐めん、ナ」
「面白いからやだ」
「ふざけてんじゃ、ねー、ヨ」
「……ふざけてねえよ」


沖田は依然神楽を抱き込んだまま、その表情は窺い知れない。それでもこの時、何かが変わったことは分かった。


「なァ。俺が刀抜かねえの、なんでだか解るか?」


零距離での囁きが、神楽の心に踏み込む。


「え……?」
「嫌なんだろィ?」
「……なんで、それ」
「誰かさんがいつも不服そうだったからなァ」
「気付いてたのカヨ」
「まあ。」


気付いていながら無視を決め込んでいたのか。いや、きっとその“不服そう”な顔を見て愉しんでいたに違いない。やはりサディストは趣味が悪い。


「……私相手じゃ刀持ち出す程でもないって、バカにしてるアルカ」
「は。馬鹿にはしてるが、それが理由じゃあねえな」
「正直過ぎるんダヨ、ぶっ飛ばすゾ」
「……正直ねィ」


自嘲めいた呟きに気を取られ隙を許した神楽の身体を今度は横抱きにし、沖田は碧色を見下ろす。


「!な、に……」
「それじゃ、もっと正直に言うとすりゃ」


真っ赤な顔に謀り事は何も無い。故に恐ろしいのだ。無自覚に男を惑わす無垢な少女、その自由をもう手に入れてしまおうではないか。密かに募らせていた欲望が、沖田に耳打ちした。


「……惚れてんでさァ」
「は」
「刀傷なんざ付けたくねーし、喧嘩なんてモンよりしたいことは山程ある。……こういう風に」


柔らかな頬に口付けを落とし、其処からまた、神楽の“弱点”へと愛撫を重ねる。唇で挟み、舌で慰め、吐息を届ける。反応は上々、高揚する気分に昂ぶるのは言わずもがな。神楽が吐き出す途切れ途切れの熱を感じるままに、沖田は悪戯な刺激を与え続けた。


「っ、あ」
「我慢すること無えんだぜ?他にゃあ誰も居ねえからなァ」
「バカ!死ネ!変態ドえ、すっ」
「へいへい。照れ隠しごくろーさん」


舌先で首筋を辿り神楽の声を楽しむも、空いた距離のもどかしさに堪えかね真正面から抱き締める。顔を埋めれば鼻腔に満ちる少女の匂い、甘美なそれが己を煽る。


「……チャイナ」


肩に預けられた橙色を撫で、呼ぶのは未だ名前ではなく飽きる程口にした愛称。神楽は頭をもたげ、困ったように眉を下げる。


「……私のこと、好きアルカ」
「そう言ってんだろィ」
「そうカヨ。私は、解んねーアル」
「おい」


小さく息をつき、胸元を軽く拳で叩き苦笑した神楽。
海が揺れる瞳。
沖田は結ばれたその手を解き、そっと指を絡ませた。


「でもネ」
「……ん」
「いま、潰れちゃいそうヨ。心臓」


最上の殺し文句と表情に撃ち抜かれ敗北を喫す。しかしここでは甘んじてやろうかと笑い、代わりとばかりに唇を奪った。


「ほんとかわいーな、てめえは」
「今更アルナ」



それはふたりだけが知る、日の陰の密事。




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さはらさまリクエスト
『耳攻めS沖田』

遅くなりまして申し訳ございません!
しかも隊長Sっぽくもなく、なんというかただのいちゃつき話。すみません。
ちなみに副長は隊長を発見しましたが傍に神楽ちゃんの姿を確認した為に近寄れませんでした。何故なら既に二人がにゃんにゃんしていたから…!

リクエストありがとうございました。


2012.4.14