(チャイナが足りねえ……)


意識のしすぎで神楽への接し方を忘れ自己嫌悪、結果午前の授業はすべてふて寝。なんとも重苦しい気持ちのまま迎えた昼休み、とうとう限界を超えた沖田は神楽を捜していた。いつもなら机上で広げた弁当に目を輝かせている筈の神楽の姿が見当たらないのだ。面と向かって何を言うのかなど決まってはいないが、おかしな気まずさにはもう耐えられそうにもない。


「姐さん」
「あら、沖田さん。どうかした?」
「……チャイナ、知りやせんか」
「神楽ちゃん?」


妙は意味有りげに微笑むと、「確か、購買に行くって言ってたわ」と何処か楽しげに告げた。一言礼を言い向けた背中に聞こえた「頑張ってね」という声に沖田は頭を掻く。そこまで分かりやすい人間であるつもりは無いのだが、慣れないこととなると勝手が違うらしい。
手ぶらで戻ってくる訳にはいかないようだと、沖田は足を速めた。



「さ、さんじゅうえん……」


その頃の神楽といえば、命に関わる食料確保の失敗に打ちひしがれていた。弁当を忘れた上に、財布の中身は銅貨が三枚。値切ることさえ不可能な範囲の不足である。


「……もう散々ネ。お腹は空いたし、じろじろ見られるし。……お腹は空いたし」
「どんだけ腹減ってんでィ」
「当たり前アル。こちとら早弁もしてねーんダヨ」
「早弁なんざする方がおかしいでさァ」
「うるせーヨ人の勝手、……ネ」


落とした目線を上げた神楽は、ぴくりと小さく肩を震わせた。
目の間には沖田、手には殆ど空の財布。……泣いてやろうか。


「……チャイナ」
「んダヨ」


重なった視線は即座に逸らされる。沖田の考えていることが解らず、神楽は怒りにも似た感情を空いた手に握り締めた。


「言いたいことがあるならさっさと言うヨロシ。この間から気分悪い態度ばっか取りやがって、なんなんダヨ」
「気分悪いとはなんでィ、こちとら悩んでるってのに」
「オマエの悩みなんて私には関係無いアル。巻き込むんじゃねーヨ」
「んだと?元はと言えばてめーが」


唸るように声を荒げた沖田が神楽に詰め寄った瞬間、ばたばたと忙しない足音が二人の間に割り入る。数名の人影、そしてそれは、教室出入口で神楽を引き留めていた男達──山崎曰く“ファンクラブ”の面々であった。


「んだてめえら……」
「沖田総悟。これ以上神楽さんに付き纏うのは止めてくれないか」
「あ?」
「神楽さんは皆の神楽さんだ。君一人が独占して良い女(ひと)ではない」
「……はァ?」


──唖然。
沖田どころか神楽本人までもが状況に着いていけていない。そんな両者を尻目に『会員規約』を口上で高らかに述べる男子生徒。恐らく会長であろうその男が延々と続ける訳の解らない条文に、沖田はぷちりと何かを切らした。


「チャイナ」
「──え」


阻む男子生徒を払い除け、沖田はその胸に神楽を押し付ける。混乱に言葉を失った神楽に代わり沸き立つギャラリー。沖田にもう迷いは無かった。


「俺のこと、好きか嫌いかどっちかで答えろィ」
「ハァ!?何言って……」
「おらさっさと。言わなきゃちゅーな」


神楽の顎に手を掛け、徐々に顔を近付ける。赤く染まった頬は噛り付きたくなる程に可愛らしく、悩んでいた時間がどれだけ無駄であったかを沖田は軽く悔やむ。
答えは至って単純ではないか。


「ちょ、待っ」
「さーん、にーい、いー……」
「す!好き、アルっ……!」


放たれた声を呑み込むように、沖田は神楽に噛み付いた。


「っ……!!」
「……は」


短くも深い口付け。沖田は満足気ににやりと笑い、再び神楽を抱き締める。──勝者は決まった。


「……てめえらの出番なんざ無ぇんだよ。消えろ」
「なっ」
「あ、他の会員にも言っとけ?『神楽は沖田総悟のモンだからファンクラブは解散』、てなァ」


そうしなかったら潰しにいくぜィ?
──追い討ちをかけるその一言に、夢見る男達の心は折れた。


「……つーことで」
「…………」
「チャイナさんは俺のモン、になりやしたけど」
「…………」
「……良いんですかィ」


神楽を腕に収めたまま、沖田は緊張を交え尋ねる。NOと聞き入れる気は無いが、いくらSを自負していようと好きな相手に無理強いをさせたいということではない。


「……のは」


刹那此方を見上げた神楽の剣幕に、沖田は息を詰めた。


「そういうのは顔見て言えやクソヤローが」
「え」
「眼鏡壊したらいきなりそうアル。どうせ気味悪いとか思ってんダロ?だから話もしたくねーんダロ!?」
「は?何言って」
「眼の色のことアル!ばーか!!」


沖田はここで初めて、自分の態度があらぬ誤解を生んでいたことを知る。神楽の方にもよそよそしさを感じたのはその誤解の所為であったか。


「っおい、なんとか」
「……んな綺麗な蒼、初めて見た」
「ハ!?」
「気味悪いなんて誰が思うかよ」


蒼に魅せられ、らしくもなく考えたり。それでもまだまだ興味は尽きなくて、もっと知りたくなる。近付きたくなる。


「可愛過ぎて直視出来ねえんでィ、アホ」


──欲しくなる。


「……解ったか、勘違い女」
「へ、……え、あ」
「チャイ」
「っうぎゃあァァァァ!!」
「ぶふゥっ!!」


沖田を殴り飛ばし、神楽は逃走。

眼鏡が明かした恋心、ピントが合うにはもう少し時間を要するようである。






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ミミさまリクエスト
『3Z沖田VS神楽ファンクラブ』

遅くなりまして申し訳ありません。ファンクラブの影が薄いことにも土下座…。ただの3Z沖神となってしまいましたが、読んでいただけたならば幸いです。
リクエストありがとうございました。


2012.3.6