※3Z



「ぎ、銀ちゃんんん!目にっ、目にゴミっ……!」
「おめーは無駄にデケーんだからもうちょい気ぃ遣え、こら」
「ゔー……」


ぼろぼろ涙を零す神楽の頭を撫でながら、銀八は白衣の袖で優しくそれを拭う。溢れる雫の奥に見える蒼が見上げるのは当然のように銀八。そして今、その蒼を遮る物は何も無い。


「……おいチャイナ、てめー早いとこ眼鏡直して来たらどうでィ」


それがどうにも悔しくなり、沖田は銀八に擦り寄る神楽の髪飾りをつんと引っ張り口を開いた。途端に不機嫌顔を浮かべた神楽は沖田の手を払い紅く小さな舌を突き出す。子供染みた行動は毎度のことだが、拒否の態度を示されたことに傷付く沖田。好きだと自覚したそのときから、神楽の言動の為に沖田のガラスの剣はヒビだらけだ。


「あ?こんなの直せないって言われたのをなんとか頼み込んで眼鏡屋に預けてきたんだヨ、一週間は戻ってこないアル」
「スペアぐらい持っておくだろィ、普通。毎日暴れるクセしてそんなんも考えねーのか」
「壊した張本人が何言うアルか。踏ん付けたのはオマエダロ」
「…………」


言い返せずに舌打ち。自分の勝ちだとでも言うように沖田を鼻で笑い、神楽はすぐに銀八に向き直る。どうしようもない苛立たしさに銀八を睨み付け、乱暴に教室に踏み入れる。機嫌の悪い沖田を見遣り苦笑する3Z一同、そして銀八もその一人であった。


「神楽ちゃーん?沖田くんがつまんなそうだぞ」
「……知らないアル」


目を伏せる神楽。瞳の色を隠すように髪を押さえ口をつぐむ神楽が一瞬だけ沖田の背中を窺い見たことを、銀八は見逃さなかった。


「……神楽。沖田くんは」
「解ってる、ヨ。変ないろだもんネ、見たくないのも当然アル」
「神楽……」


──蒼い眼は異端。神楽はそこに強いコンプレックスを抱えていた。好奇の視線を集めるこの眼を、神楽自身好きにはなれなかった。……沖田でさえ、そうであった。日常となった喧嘩の最中の事故、残骸となった眼鏡から視線を移した神楽を見、目を見開いた沖田のあの表情。ただ驚愕を表したようなそれに、神楽の胸は締め付けられる思いだった。


「っ銀ちゃん!ほら、もうホームルームの時間アル、入ろうヨ!」
「お、おう」




授業中でも休み時間でも、神楽との乱闘は楽しみのひとつだった。しかし神楽の眼鏡損壊事故以来、喧嘩はおろかまともな会話すら交わせていない状態が続いている。
──見ることが出来ないのだ。
顕になった素顔、吸い込まれそうに深い蒼。
神楽を知った、あのときから。


「沖田さんっ」


呼び掛けで我に返る。肘を突き惚けていたことに気付き声の主を振り返れば、ちらちらと落ち着き無く目線を走らせながら身を屈める山崎が居た。


「……んァ、ザキ」
「また来てますよ、あいつら」
「あいつら……?」


目線の先は教室の出入口。見慣れた後ろ姿に勢いよく身体を起こすものの、一体自分に何をすることが有ろうかと力無く椅子に背を付ける。廊下側に見越す男達は面識は無いが見たことのある連中、沖田は不愉快そうに眉を顰めた。


「チャイナさんのファンクラブ、らしいですよ」
「っけ、眼鏡外した途端寄って集って姫さん扱いかィ。面しか見てねえのがバレバレでさァ」
「チャイナさんも困ってるみたいですし、……助けに行かなくていいんですか?沖田さん」
「……チャイナなら自分でなんとか出来るだろィ」


結局はトイレ戻りの土方が通行の妨げだと散らすまで居座った男達。疲れた様子の神楽に一言掛けることもせず机に突っ伏した沖田に、山崎は不思議顔で首を傾げた。