優しく頬を撫でる熱に目を覚ます。

視界を満たす光に目を細めると、強引に引き寄せられ抱き締められる気怠い身体。包み込まれる心地好さに再び瞼を降ろしかけたとき、掠れた低音が耳元で言葉を紡いだ。


「はよーございやす。」


言の締めにはリップ音。蕩けるようなぬくもりに夢心地を手放すことは容易でなく、いつまで経っても聞き慣れないその声に神楽は小さく身を捩る。


「んぅ……」
「かーぐら」
「うるせー、ヨ……」
「神楽」
「うぬ……」


囁きから逃れようと布団を引き上げ潜り込む。しかし完全に密着している身体、潜ったところで結局は離れてくれる筈もなく、沖田は嬉々として神楽に擦り寄った。


「ん、お誘い?神楽サンったらだいたーん」
「…………」


目の前の男への対応が面倒になり、神楽は再び寝息を立て始める。伝わる温度に愛犬のそれを思い出し寝惚け半分に抱き締めてしまったが最後、噛み付き癖を持つ巨犬よりもタチの悪い猛獣のスイッチはカチリと切り替わる。


「……神楽」
「っん、ぐ!?」


突如奪われた呼吸に目を見開き覚醒。しかし脳が起きても身体はまどろみの中、神楽は既にされるがままだった。


「っは、やめ、ん」
「やだ。」
「あ、バカ触んナ!」
「……神楽ァ」
「っひ」


戯れに熱を取り戻した肌を撫で、神楽を寝具に組み敷く。跳ね飛ばされた布団に舞い戻る肌寒さまで塗り込めるように至る所に口付けを落とし、沖田は頬を染め恍惚と吐息を零した。


「……なァ、もっかい」
「やーヨ。昨日もそう言って一回じゃ終わんなかったアル。盛り過ぎネ!」
「あれでも抑えた方でさァ」
「オマエに合わせてたら私が死ぬアル」


呆れたように呟き、沖田の背に手を回す。羞恥に堪えながらも強く抱き付くと、さらさらの蜂蜜色に顔を埋め神楽ははぁと息を吐き出した。


「今はこれで我慢するヨロシ、バカそーご」


逆上せる程の熱も穏やかなぬくもりに変わり、真っ赤な顔の神楽に微笑み沖田はそっと口付けた。腕を伸ばし布団を手繰り寄せ、包み込む二人分の体温。


「っあー……。凄ェ、なんか、こーいうのって」
「?」
「……幸せ?」


珍しく照れた様子の沖田に吹き出すと、神楽は目を細め橙色を梳く骨張った手に自分のそれを重ね控えめに握り締めた。


「……バカダロ」


同じことを思っていた、と、素直に言えそうにはない。
しかし、言わずともどうせこの男には何もかもお見通しであろう。にやにやと冷やかすように口端を上げる沖田に拳を突き立て、隠れるように布団を被った。


「──神楽」
「んダヨ」
「午後、旦那に挨拶しに行きまさァ」


その言葉に顔を出す。例の如くの無表情だが、其処にはいつもより真剣味を帯びた蘇芳が静かに揺れている。


「……挨拶?」
「ゆうべ言ったこと忘れたのかィ?ニワトリ頭」


沖田は神楽の手を取ると、薬指に唇を寄せ軽く触れた。左手のその場所では、銀色の誓いが優しい光を放っている。


「……忘れる筈ない、ダロ」
「何ならもう一回言ってやるぜィ?」
「い、要らねーヨ!痒い!!」
「酷ェ。」


拗ねる沖田を仕方の無さそうに見遣り、神楽も輝きに触れた。溢れる感情はあたたかく心を満たす。


「……そういうのは大事にするからこそ価値があるんだヨ、あほ」


気恥ずかしくなり俯く神楽。ここまで見事な乙女思考を持っていたとは自分でも知らなんだ。しかも相手があの沖田。天敵としか思っていなかった男を愛することになるなど、今更ながらに人の気持ちとは不思議なものだと思い至る。


「……神楽」


沖田は穏やかに笑み、神楽の額に口付ける。


「え」


そして神楽に覆い被さり、荒い息を上げ、指先で白肌をなぞり。


「オハヨーゴザイマス」


朝のニュースキャスターさながら爽やかに言い放つその顔は、明らかに深夜枠。


「ハ?」
「今日も元気でさァ、“俺”」
「……ハ?え、ちょ、や」




──その日、万事屋への訪問者は無かったという。










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ささまさまリクエスト
『事後の朝のいちゃこき沖神』

お待たせしまして申し訳ありません。しかも下ネタオチごめんなさい。
隊長は翌朝も元気だと思います。そして沖田家は子沢山だと思います。
神楽たんは良き妻、良き母になると思います。あああ沖神結婚しろ!
どうしようもない話になってしまいましたが、読んでいただければ幸いです。
リクエストありがとうございました。



2012.2.19