※ミツバ篇後捏造













果ての無い光へと薄らんでゆく背中。懐かしい温もりも、声も、もうすべてが幻と消える。

──待ってくだせぇ、俺は、まだ。






「サド!」



無遠慮な声がぼやけた意識を揺する。反射的に開いた目が寝起きには少々刺激の強い色彩を映し出し、眉を顰める頭の痛みに自らの手で遮る視界。その刹那まるで苛ついた来客がインターホンを連打するが如く勢いで頬を突かれ、ぷちりと何かが切れる音と共にかつてない程の敏捷さで忙しく動くそれを捕えた。


「んだてめーは鬱陶しいなコラ」
「お。起きた」
「起きない訳無えだろィ。地味に痛ェんだよそれ」


のそりと身体を起こす沖田は安眠とは言えないにせよ眠りを妨害され不機嫌に頭を掻く。欠伸も収まらないまま顔を向けた先には、此方も拗ねた顔の橙色。叩き起こす、否、つつき起こされた自分が気を回してやるのも癪だが気に掛かるのも事実。自室に馴染まぬ少女の細腕を掴み、顔前にずいと顔を寄せる。勿論わざと。先程の仕返しを込めた距離に口端を上げた。


「……何、会いに来てくれたんで?」
「自惚れてんじゃねーヨ、バーカ」
「そりゃ残念。」


解放した途端光速で引っ込む腕に薄い笑みを漏らし、固まった関節をばきばきと鳴らす。隊服のままのあまり快適ではない午睡に充分な休養など期待出来る筈も無く、気怠さの残る身体に思い出すは朝方の上司との会話。まだ休んでいろと、優しいあの人の言葉には首を横に振った。一人部屋に籠もるなど、それこそ気が滅入ってしまう。かといって仕事に打ち込み忘れるなどという面倒なことも出来ず、適当にぶらりと歩き早々に戻ってきたところで記憶が途切れていた。


「……クマ」
「あー……、目立つかィ?」


苦笑しなぞるその場所は、周囲の気遣いを集めてしまう原因となる厄介な陰を落としている。
そういえば最近、まともに眠れていないような。


「生憎俺も暇じゃねえんでィ。今日のところはお引き取り願いまさァ、お嬢さん」


珍しく存在を忘れていたアイマスクはポケットに隠れくしゃりと歪んでいる。引き出したそれを畳の上に放り投げると、苦しい言い訳にまた自嘲気味た笑みを零した。


「用が済んだらすぐ消えるつもりだったアル。私も暇じゃないからナ」
「用?」
「……ん。」


仏頂面で差し出された袋菓子。パッケージには、大袈裟に躍る“激辛”の赤い文字。


「……なんでィ、これ」
「駄菓子屋のクジで当たって、私あんまり好きじゃないから銀ちゃんにあげようとしたアル。そしたら銀ちゃんが」


沖田くんのがそーいうの好きだぞ、って。


「……貰っときまさァ」


特に考えも無しに言ったことなのだろうが、どうも今の自分には染みる。先方にそこまで考える繊細さが無いことぐらい、重々承知ではあるが。


「……それだけアル。じゃーナ」
「おー」


小さな背中を見送った後、大人しく運搬役を務めた少女に疑問を覚えるも働かない頭はそれ以上の思考を許さない。


「……可笑しな日もあるモンだねィ」


不思議と襲い来る睡魔を受け入れながら、無愛想な優しさを乗せた置き土産を手に沖田は再び瞼を降ろした。