「風邪だァ?」


からりと晴れた空の下、頓狂な声が青に散る。


「そー。天人だけが罹る、な」


穏やかな日和に気の抜けた返答。
事も無げに胡坐をかき膝に乗せた橙色をくしゃりと撫で、銀時は死んだ眼を細め小さく溜息を吐き出した。


「……それでこんな姿になったっつーのか?こいつは」


合点が行かないとばかりに眉を顰める土方のその眼に映るは嫌でも記憶してしまった鮮やかな色彩。しかし銀髪にしがみついたまま此方に向けられた蒼い瞳は不安げで、今にも泣きだしそうに揺れている。その表情に勝ち気な彼女の名残は薄い。


「俺だってなんのドッキリかと思ったけどよ。どう見たってウチの神楽ちゃんだろ?これ」
「……ああ」


少々小せェがな。──土方の一言に苦笑する銀時は、言葉を持て余したように息をつく。

“天人風邪”

ニュースキャスターはそう伝えた。


「最近流行ってるらしいじゃねえか。まさか神楽が引いちまうたァ思ってなかったけど」
「身体の退化、か?知能はどうなってる」
「見た目相応。何も知らねえ純粋な餓鬼だよ」


真一文字に口を結び眉を下げる神楽を見れば嘘ではないことは明白で、土方は益々困窮する。


「そんな面倒をなんで俺達の所に持ってくんだよ」
「下のババアも新八ん所も都合が悪ィとかで頼めなかったんだよ。俺も今日は外せねえ依頼なモンで。困ってる市民助けんのは当然だろ?お巡りさん」
「託児所じゃねえんだぞ此処は!」


怒鳴り声にびくりと肩を上げ、神楽は瞳を潤ませる。マズいと思ったその瞬間、銀時の手から神楽が消えた。


「呑み比べが趣味のオヤジ共が寄って集(たか)って幼女の取り合いたァ、見てられねえですぜお二人さん」


アイマスクを頭に備えたまま欠伸をひとつ怠そうに吐き出すと、蘇芳の瞳が冷たく男達を貫いた。


「総悟てめえ、起きてやがったのか」
「あんた等がぎゃあぎゃあ煩ェからでィ。んなことも解んねえのかロリ方が」
「誰がロリ方!!?」
「旦……、ロリ田の旦那もお疲れさんです。用件は解りやしたんで、安心してお出掛けくだせェ」
「いや、言い直す必要無いよね?」


死んだ目のツッコミも完全スルーで沖田は抱き上げた神楽を抱え直し無表情にあやし始める。沖田のそんな様子も不気味だが、何より神楽のはしゃぎ声が聞こえてきたことに土方は驚愕した。しかしそんな状況の中を黙っている訳にもいかず、沖田を牽制すべく抑えた声を投げ掛ける。


「おい!んなこと勝手に……」
「俺が引き受けるって言ってんでさァ。土方さんはどうぞ公務に」
「行けるかァ!!」


沖田の神楽への執着がどれ程強いかなど十分承知の上だが、それがまともな方向に向いた試しなどただの一度も無い。あの瞳の輝きは気に入った獲物、あるいは好敵手を見つけたときのソレだと土方は判断しており、愛だ恋だのの関係には程遠いものであろう、そう見越していた。
しかし今の神楽に沖田の喧嘩相手など務まるはずもない。考えられるのは一つだけだった。


「あー、じゃ、任せたよ沖田くん」
「あ゙!?てめえ万事屋……!」
「大声出すのは止めてくだせェ、泣いちまうじゃねえですかィ。……怖かったねィ?もう大丈夫でさァ」
「ふえ……」


ふわりと柔らかな笑み。怖気に背筋が凍った。


「っおい!」


土方は背を向けた銀時を引き止め、冷や汗流れる恟々とした表情でひそひそと声を寄せる。


「良いのか?」
「え、何が。」
「総悟に子守なんざ出来る筈がねえ」
「そんなん言われたって、やってくれるって言ってんだし」
「あのドSの言葉を素直に信じられるか?いつも啀(いが)み合ってる奴が自分にゃあ好都合な状況に陥ってるってのに、何しでかすか解ったモンじゃねえよ」


土方の必死な様子に一瞬ぽかんと時を止めた銀時は、直後白けた表情を貼り付け馬鹿にしたように鼻で笑った。


「え、何、本気で言ってんのそれ。お宅って意外と鈍感だったりしちゃうの?」
「あ?」
「……ま、部下のこと信用出来ないんじゃ職場で浮いちゃいますよ副長サン、ってこと」


何かを見透かしたような銀時の態度。気に食わないそれに土方は眉間の皺を深くする。


「喧嘩売ってんのかテメェ!!」
「そーんな滅相も無い。マヨの摂取のし過ぎで揮発しちまえばいいのにとは思ってるけど」
「ばっ……!そんな幸せな死に方出来るか!!」
「え、馬鹿?馬鹿なのこの人」
「テメェにゃ言われたくねーわ!!」


騒ぎ立てる上司達を冷めた目で一瞥すると、沖田は自分を見上げる潤んだ蒼に視線を移した。大人しく腕に収まる温もりに口端を緩ませ、沖田はゆっくりと畳に腰を降ろす。


「チャイナ」
「ちゃいな?」
「ん?ああ、そうだねィ。……神楽」
「なにある?」
「俺が誰だか解るかィ?」
「?」


可愛らしく首をかしげる神楽は、むう、と唸り小さな手を沖田へと伸ばす。ぺたりぺたりと沖田の頬に触れ難しい顔になると、声をしぼませその場にへたりこんでしまった。


「むー……、わかんないある」
「あらら、忘れちまったのか。総悟、だぜィ」
「そうご?さだはるじゃなくて?」
「総悟。」
「そーご!」
「そうでィ。神楽のだーいすきな旦那様……」
「アホかぁぁぁ!!」


飛んできた小箱を華麗に躱し、何故か神楽を抱き込んで転がり受け身を取る沖田。腕の中の神楽に「大丈夫かィ?」などと囁く理解不能の役者気取りに土方は絶句する外無かった。


「突然何ですかィ。神楽が怪我しちまわァ」
「おめーの無駄な動きの方が危ねえわ!!」


起き上がり神楽を抱き締めたまま土方を睨む沖田。とんでもない勘違いにようやく気付いた土方は、蘇芳の嫌な輝きに頭痛を覚える。


「お前……、そうか。そっちの方だったのか……」
「は?……あれ、旦那は行ったんですかィ」
「おめーが安請け合いしてくれたお蔭でな」


まさか沖田が神楽に惚れているなどとは思いもしていなかった土方。沖田が他人にそのような積極的な感情を持つことが有ろうとは喜ばしいことなのだろうが、如何せん相手はあの神楽。素直になれない結果が一連の破壊活動かと、気の毒に思えて仕方が無い。


「へー。それで、仕事はいいんですかィ土方さん」
「どうせ書類整理だけだ。てめえが下手な真似しねえように監視役に廻らせて貰う」
「ちっ」
「舌打ち!?何する気だったお前!!」


至極不満そうな沖田に冷や汗。やはり馬鹿はあの銀髪の方だ。この男に愛娘を預けて安心しきっているあいつが真の馬鹿だ。


「お前、でも、アレだぞ?そんな得体の知れないモンに罹っちまって、いつ戻んのか……」
「戻れないってんなら、俺の許で一生の面倒を見まさァ。そしてゆくゆくは嫁に──」
「とんだ紫の上計画だな!!」


某源氏ばりの言い分に唖然。当の神楽は赤い小箱に目を輝かせ沖田の腕から脱し上機嫌にそれを積み重ね遊んでいる。しばらくはこいつで我慢をさせておけと銀時が置いていった酢昆布、その辺りの嗜好は幼児化しても変わっていないらしい。


「あんなのと一緒にしねえでくだせェ。俺はこいつしか要りやせん」
「ふお」


酢昆布に目移りした神楽を引き寄せると荒っぽく膝に乗せ後ろからまた抱き締める。暴れる神楽にも生温いあの表情。ロリ方とか言ってたの誰だコラてめえが一番ロリコンじゃねーか。……心内で嘲笑ってやったのは秘密だ。


「お前の気持ちは良ぉぉく解った。そいつの世話は任せる、が。……犯罪者にはなるんじゃねえぞ」
「当たり前でさァ」
「あァ。なら」
「愛し合う二人が愛を確かめ合うことの何が犯罪になるんですかィ」


あ、こいつもう駄目だ。


「それだけ素直になれんなら普段からそうすれば良いじゃねえか」
「……出来たらとっくにしてらァ」


毒舌チャイナ娘には沖田総悟持ち前のドSも無意味に等しいらしい。だからと言って記憶を塗り替えようとするのは如何なものか。不器用な部下に苦笑する。


「んう……」


そんなやりとりの傍ら、遊び疲れたのかぱたりと床に伏す神楽。沖田は神楽を抱き上げると、囁くように尋ねた。


「眠いのかィ?」
「ねむくない、ありゅ……」


そうは言いながらも思い切りしがみついてくる小さな身体をぎゅっと抱き締める沖田。あやすように背中を叩くその姿は、自他共に認めるサディストにあるまじき穏やかさを纏っている。


「昼寝、してきやす」
「……ああ」


慈しむような目にこれ以上の心配は無用だと悟り、土方は遠ざかる二人を何処かむず痒い気持ちで見送る。


「様になってるじゃねーか」


案外良い父親になるかもな、……まだ見ぬ未来に微かな色を見付けた気がした。










「かーぐら」
「マミー……?」
「旦那様だって」
「そーご」
「ん」


神楽を腕に収めたまま自室の寝具に横たわり、初めてじっくりと味わう温もりの心地好さに酔いしれた。純粋に愛おしい存在がこの腕の中に居る。沖田は満たされる心と共に神楽の額に唇を落とした。



「神楽」



──目覚めた少女が天敵の寝顔に拳をブチ込むのは、また別の話。







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らんさまリクエスト
『沖田と子供神楽』

大変お待たせいたしました。
結局保護者プラス。ロリかぐがあまりにロリってません申し訳ない…。そして副長もうちょい空気読め。

リクエストありがとうございました。



2012.1.28