3Z 「おっはよーアル!!」 珍しく遅刻をしなかった。朝食も余裕を持ってたっぷり食べることが出来たし、校門を閉められる前に駆け込むことも勿論無くて。慌ただしい朝とは違う空気を感じ、とにかく神楽は機嫌が良かった。 「あら神楽ちゃん、お早う」 妙はいつも通りの笑顔でゴリラを踏み付け地に沈めている。ゴリラはそんな状況でも嬉しそうで、マヨラーと地味がそれを見て溜息をつき、完全に存在感の無い傍観者に徹するもう一人の地味、ドM眼鏡は担任の写真片手に発狂している。今日も3Zは平和だ。 「おはようアル姉御!朝からゴリラ駆除アルか?」 「本当毎朝困っちゃうわ。動物園は何をやってるのかしら」 ぐりぐり足で顔を抉るように躙られても鼻血を流しながら何処か恍惚とした表情の近藤に、神楽は気味悪げに顔を歪める。 「よっしゃ姉御ォ!私も助太刀致すア、ぎゃあっ!?」 神楽が腕まくりをし臨戦体勢を取った瞬間、何者かがその小さな体躯を羽交い締めにし持ち上げた。 「よォチャイナ。今日も酢昆布臭えなァ」 今度は抱き込むように神楽の顔を覗きにんまりと笑うその人物は、神楽の天敵であり3Z問題児中の問題児、沖田であった。 「てめ、サド!放せバーカセクハラで訴えるゾ!!」 「近藤さんに手出しはさせねえぜ?相手なら俺がしてやらァ」 そうは言いながらも沖田は喧嘩を始める気配も見せず神楽を抱えたまま席に着く。そして膝の上に乗せた神楽の肩に顎を置き、頬を擦り寄せるようにして目を閉じた。 「っあー、やらけェ気持ち良い。お前もうウチに住め。俺の枕にしてやらァ」 「うがあぁぁぁ!ヤメロ!!」 その光景を大して動じもせずに見守る3Zメンバー。生温いその視線は、やっと素直になれた不器用な沖田の気持ちを知っているからこそ。喧嘩でしか神楽とのコミュニケーションを図れなかった沖田の人が変わったように過剰な愛情表現、それには若干、いや、大分引いてはいたが。 「キーモーイーアールぅぅぅ!離れろ触るナマジ死ねヨ!!」 「嫌でィ。保健室行きたいの我慢してるだけ偉いと思え」 「んダヨ、具合悪いなら行けばいいダロ」 沖田の邪な考えなどには全く気付かず神楽は吐き捨てる。自分に巻き付く腕の強さが弱まらないことを不審に思い沖田を見遣れば、その赤い眼はやけにキラキラと輝いていた。 「……え、イイの?」 「ハ?」 沖田の心情が手に取るように解る神楽以外だが、下手に口出し出来る程命知らずではないし、唯一それが可能そうな妙は事の運びを愉しそうにいつもの笑顔で見届けているだけだった。 「さ、保健体育の時間でさァ」 嬉々として立ち上がった沖田に手を引かれ、神楽はよたよたと教室の入口までを歩いていく。疑問符だらけの無垢な表情にクラスメイトたちは罪悪感で一杯だった。 ****** 「なんで私まで行かなきゃいけないんダヨ?しかも今日は体育無いアル」 「テメェが居なきゃなんも始まんねーからな。大丈夫でさァ、優しくするから」 「…………」 その言葉を聞いた刹那、神楽は沖田の手を振り解く。その顔は嫌悪に満ちていた。 「……何考えてるネお前。不潔アル私に近寄らないで」 「標準語止めて傷付く」 沖田は観念したように息をつき、神楽を静かに見つめてからその顔の半分近くを占める瓶底眼鏡に手を掛けた。外したソレを片手に包み握り、露になる碧眼にまた見入る。 「仕方無ぇ、今はちゅーだけで許してやらァ」 「……ハ」 不可解な言葉に眉根を寄せる神楽、迫る沖田。 ふたりの唇がゆっくりと……── 「あー、浮気現場押さえちゃった」 ……重なりはしなかった。 「神楽ってば酷いナ、俺という男が居ながら他の奴と仲良くしちゃうの?」 ──突如現れた、神楽と似た色を持つ男。その言葉を聞き終えた頃には既に沖田の目前から神楽が消えていた。 「……テメェ、誰でィ」 腕の中に神楽を閉じ込め感情の読めない笑顔を張り付ける男を、沖田は鋭く睨み付けた。自分ではない男が神楽に触れている、その不愉快極まりない事実に固く拳を握る。 「俺はキミのこと知ってるヨ?いつも神楽に付き纏ってるクソサドヤロー、だよネ」 神楽を自分のモノとばかりに抱き寄せ同意を求めるように首を傾げる姿は、沖田の苛立ちを更に増幅させた。 「質問に答えて貰ってませんぜ。アンタは誰だって訊いて……」 「──ヨ」 押し黙っていた神楽が、沖田を遮り声を発する。そして自らの身体に触れる色白の手を剥がし、軋んだ音でも立てそうな動きで顔を上げた。 「いつまでも触ってんじゃねーヨキモイ。そもそもなんで此処に居るアルかバ神威私に殺されにカ?だったらこの間貸した120円確と返済して貰ってから地獄送りにしてやんよあ゙あ゙ん!?」 目を見張る速さで胸倉を掴むと、それを廊下へと叩きつける。べしゃりと地面に伏すは、悪趣味な柄が覗く長ラン一枚。 「もー、女の子がそんな口利いちゃ駄目ダヨ。お仕置きしちゃうぞ」 神威は奇抜な色の三つ編みを揺らし神楽から距離を置いた場所に何事も無く着地、笑顔は依然崩れていない。 「気色悪い死ネ」 毒づく神楽はゴミを払う要領でしきりに制服をはたく。蔑むような視線は前方の男へと注がれていた。 「いつからそんな乱暴な子になっちゃったんダロ。お兄ちゃん悲しい」 「オマエと言う存在をこの世に認識した瞬間からアル。つまり全てはオマエの所為ネ」 「あ、神楽の人格形成に俺が影響与えちゃったってこと?なんなら身体の発育の方にも協力するけど」 神威のセクハラ発言に神楽が顔を引き吊らせ攻撃の為足を踏み出した瞬間、瓶底眼鏡が神楽にすこんと直撃、軽い音が床を叩く。 「それは困りまさァ、俺の仕事なんで」 地味な痛みに小さくうずくまった神楽に降る陰は、神楽を隠すように立ちはだかる。それもまた、セクハラ発言と共にではあったが。 「いっやァ本当すいやせん。神楽サンのお兄様とは露知らず無礼な振る舞い、ご容赦下せェ」 「…………」 にわかに殺気立つ神威には気付かぬ振りで、沖田は神楽を引き上げ抱き締める。 「っオイ……!?」 「チャイナも素直じゃ無ぇなァ。兄貴が憶える程俺の話してるなんて、どんだけ好きなんでィ俺のこと」 「ば、誰がそんなこと言ったんダヨ!?」 「あ、違ェの?」 「!!ち、がうアル……」 「はいはい、違わねぇ、と。」 見せ付けがましく密着すれば、いよいよ悪魔が姿を現す。 「よっぽど痛め付けられたいみたいだネ。サドどころかドMなんじゃない?」 「期待に沿えず申し訳無いですねィ。妹さんの鳴き顔が見たいと常日頃思ってまさァ」 二人の拳が交わるまで、あと2秒。 「……あ、すんませーん。ハゲ、……星海坊主さん居ます?お宅のアホ毛が暴れてんですけど」 銀髪の申告により今世紀最大級の親子喧嘩が勃発するまで、もう間も無く。 ──神楽の平和は、脆くも崩れ去る。 僕等に平和など有りはしない ────────────── 匿名さまに捧ぐ。1000打記念アンケートリク沖神+兄。 |