建前と本音と本音 前

※370訓(見廻り組篇)後捏造







依頼無し、私用無し、金も無し。

つまりは暇な昼日中、坂田銀時は欠伸と共に銀髪をわしわしと掻き乱す。がらりと開いた玄関扉にも構わず、従業員のどちらかであろうと椅子に凭れジャンプに目を向けたまままたひとつ欠伸を零した。そういえば、地味な眼鏡はコンサートだと意気込んでいたような。


「なー神楽ァ。肩揉んでくんね?なんかすっげ凝ってんだよな」
「…………」
「酢昆布ならやるからさー。あー、腰も頼む」
「…………」
「んだよそんなに嫌がんなくてもいいじゃんよォ。腰だってお前の所為なんだかんな?ほら、昨日の夜──」


──刹那、殺気に呼吸を詰める。


「ッ……!!」


腕に伝わる痺れ。洞爺湖に受ける白刃はみちみちと容赦無くその存在を主張する。
手の届く範囲に木刀を立て掛けておいた自分を誉め讃えたい。


「……流石でさァ、旦那」
「は、そらどーも。」


来訪した暴漢の処分に困る。
通報したところで、煩いニコチン野郎が来て面倒なだけだし?


「……ところで」


刀を収める音に安堵、顔をそちらに向けじとりと見上げる。


「昨日の夜、チャイナと腰が痛くなるようなナニを?」


素晴らしく黒い笑みを貼り付けて、蜂蜜色を持つ男は問うた。



******



「おらよ」
「……旦那ァ、コレは」
「水道水」
「…………」


差し出した湯飲みを凝視したかと思うと、気の毒そうに眉を顰めるその顔を殴ってやろうかと銀時は死んだ目を細め思考する。
ちょっと濁ってるのはアレだから、消毒用の薬品だから。


「……んで、何の用ですか暴力警官さん」


さりげなく湯飲みを手で端に退けた沖田に、いちご牛乳を啜りながら尋ねる銀時。本音を言えば今すぐお引き取り願いたいところだが、沖田の持つ箱に視線は釘付け、期待に鼻息は荒くなる。
嫌だなあさっきのはほんの冗談でさァ、冗談。──無表情な言葉に信用は無い。


「神楽に会いに来たんなら今は居ねえよ」
「なんで俺がわざわざクソチャイナに会いに来なきゃなんねえんですかィ。用があんのは旦那、アンタにでさ」


そうは言うものの神楽の名前に大きく反応を示したところを見逃さない。
──なんとか誤解を解き命の危険は回避したものの、この男……沖田の嫉妬深さに銀時は肝の冷える思いだった。沖田と彼曰くチャイナ、神楽は決して恋人同士などという甘い関係ではない。完全なる沖田の片想いぶりに哀れみを覚える程だ。今でさえこの調子だというのに、もし万が一付き合い始めでもしたら何人死人が出ることか。


「へぇ、俺に何の」


そこで言葉を呑む。
思い当たる節が、ひとつ。


“この攘夷志士白夜叉の首”

「…………」

“とれるもんならとってみやがれい”


「先日は世話になりやした」
「…………」
「旦那?」
「……や、だから何回も言ったじゃん?あくまで“元”だからね、元!今は善良な一市民ですから!!」


巧く誤魔化したつもりではあったが、あの一件は忘れたい過去として頭の片隅に寄せきっていた。
とんでもない自殺行為、冷や汗がたらり、背筋を流れる。
目を泳がせる銀時を静観していた沖田だが、甘い香りを漂わせる箱を卓上に置き極上の笑みを浮かべ言い放つ。


「安心してくだせェ。俺達、旦那が思ってる程アンタの過去に興味無いんで」
「え、それはそれで寂しいんだけど」
「まあまあ、今日は礼ということで」


即座に箱を開けケーキを貪り食う銀時を尻目に、がさがさとビニール袋から何かを取り出す沖田。銀時はその様子に疑問符を浮かべるも、すぐに別の異変に目を剥く。


「ぶっふゥ!!?」
「あ、気に入っていただけやした?タバスコトッピング」
「てめえクソガキャァァァ!!」
「そんなに怒らねえでくだせえよ。本命はこっちでさァ」


す、と沖田が持ち上げたソレに一瞥呉れ、銀時は掴み掛かった胸倉を適当な加減で解放する。
何事も無かったように座りなおす両者は、意志など皆無に目を合わせしばしの沈黙を過ごした。


「何ソレ」
「何って、大人の本でさァ」
「……ふーん。沖田くんセレクト?」
「旦那とは趣味が合いそうだと前々から思ってたんですよねィ」



──そこから男二人の読書タイムが始まったことは、言うまでも無い。