堕天使に救済を


――貴方は酷い。今の僕ではなく、子供の頃の僕を見ている。
貴方の中の僕は純真無垢で穢れを知らない頃のままで。今の、何処の誰かも知らない奴に何回も汚染されてしまった僕なんて眼中にないのだ。
あの気持ち悪い感触が蘇る度に、僕は貴方で浄化したかった。
貴方が僕を見ていてくれなかったから、僕は堕ちたんだ。もし貴方が――。



「――くん、そ…くん…、曽良くん!」
ハッと目が覚めた。考え事をしながら寝転がると直ぐに寝てしまうのは、昔からの曽良の癖というか何というか。
寝転がったのは昼間だったというに、今はもう夜の帳が辺りを覆っていた。今は何刻だろうか。
「もう未の刻だよ!曽良くんが昼寝してるなんて珍しいね?」
そう言って微笑むのは曽良の最愛の師でもあり、想い人の芭蕉。

「また考え事?あんまり頭使うと禿げちゃうよ!」
「…貴方はもう少しいろんなことを考えた方がいいかと」
「何それ!まるで私が何も考えてないみたいな…」
「違うんですか?」
「違うわチクショー!」
相変わらずの芭蕉の反応に曽良はいつもの能面顔の下に笑みを浮かべた。
嗚呼、愛しい。ひたすら愛しい。この気持ちをあちらも向けてくれたら僕はどれだけの幸せを感じられるだろうか。…それはいつまでも叶わない幻想のままかもしれないけれど。

「そういえばさぁ、」
不意に芭蕉が曽良に問う。
「さっき曽良くん寝言でしきりに誰かの名前を呼んでは酷いって言ってたけど、何か変な夢でも見てたの?」
心配そうに問いかける芭蕉に対し、曽良は一瞬で顔が熱くなったのを感じた。
常にボロは出すまいと細心の注意を払っている曽良にとって、寝言など完全なる死角だった。寝言自体より、寝言を言っていた事実が曽良を羞恥に染めた。
俯いたまま曽良は芭蕉に背を向けて、「覚えてません」とだけ言うと、そそくさとその場を立ち去ろうとした。

しかし、それを芭蕉は許さなかった。

曽良の腕を掴むとそのまま此方に引き寄せる。
「…またあの時の夢を見たの?」
芭蕉はじっと曽良の目を見つめた。
“あの時”の夢。そう言われた途端に曽良の目に宿る不安と恐怖の色。
それは曽良にとって生涯消えることのない出来事だった。



******

ある夏の昼下がり、曽良は何処の誰かも分からない奴らに純潔を穢された。当時まだ6つ。芭蕉庵から少し離れた、薄暗い路地裏でのことだった。
曽良は元々体が弱く、あまり外に出たことがなかった。(というか単に嫌いだった)
そのため芭蕉庵が曽良にとっての世界であり楽園で、芭蕉が云わば神のような、そんな存在。その芭蕉の弟子になった曽良は神に仕える天使にすぎず、主の傍を勝手に離れてはいけないと曽良自ら芭蕉に縛られていた。芭蕉の傍にいること、それが曽良にとっての幸せだった。

そんな健気な彼に、ある日芭蕉はこう言った。
“ずっと私の傍にいるんじゃなくて、たまには外で遊んできなよ”
幼い曽良にとってその言葉は、彼が自分を無下に突き放した、と思わせた。
ショックで庵を飛び出した曽良は、慣れない外の世界と暑い日差しに目を回しそうになりながら無我夢中で走った。
しかし流石に暑さに堪えかねて走って路地裏に入ると、何かにぶつかり跳ね返されてその場に倒れ込んだ。ぶつかった何かは、3人組の男のうちの1人。
曽良が初めて見た芭蕉より少し年上の男たちは、…性質の悪い衆道であった。

彼らは俗にいうペドフィルというやつで、この頃から美しい顔立ちをしていた曽良は直ぐにターゲットになり、飢えた雄どもの餌食になった。
それはまだまだ子供の曽良にとってはあまりにも衝撃的すぎるもので、とてつもない恐怖を植え付けた。初めての快感とそれを遥かに上回る大きな恐怖、拒絶、嫌悪など様々な感情が混ざり合い、小さな曽良の体と純潔の心は簡単に崩壊してしまった。
恐怖のあまり、そこだけ記憶がないのは幸いかもしれないが、その時の恐怖はときどきフラッシュバックを引き起こしたり、夢に出てきたりする。自分に男たちが群がっている光景や、あの体内で感じた気持ち悪い感覚を思い出しては曽良の心に鋭い刃物で抉られたような痛みが襲う。

飛び出した曽良の後を追って探し回っていた芭蕉が彼を発見した時、曽良は着物を一切纏っておらず多量の白濁を被って気絶しており、まさに強姦にあったというような姿で倒れていたらしい。その酷い光景を目の当たりにした芭蕉もまた、それがトラウマとなった。

しかし曽良の体はそのトラウマと引き換えに性の快楽を覚えてしまい、足を踏み外して堕ちてしまった。元々あった芭蕉に対する愛情とその出来事が曽良を男色家に変え、色情狂にしたのだ。どんなに待っても芭蕉は自分を見てくれない、と愛欲に塗れた体を曽良は何処の誰とも知らない男に預けては溺れた。その行為には勿論愛などない。只の性欲処理だ。愛を求めるエゴと快楽を求めるエゴ。似ているようで似ていない、その水と油のような本能がぶつかり合い、曽良は狂ってしまった。
神に恋した天使は堕天使になり、やがて悪魔に成り果て、いつか最愛の相手だったはずの神に復讐をする。
曽良が神を殺す悪魔になるのも時間の問題かもしれない。…否、或いはもう――。

******



曽良は目を閉じる。

(嗚呼、お願いですから芭蕉さん。僕に一言、言ってください。――“嫌いだ”と。
そうすれば僕は一気にこの呪縛から解き放たれ、再び無垢な僕に戻れる気がするのです。――)


「嫌いだ、なんて言えないよ」

ふいに芭蕉は口を開いた。
曽良がハッと顔を上げた瞬間、唇に伝わったのは今まで感じたことのない甘美な口づけ。
頭がボーっとして、体の全てが動き方を忘れたかのように力が抜けていく。
暫くして芭蕉の少し潤いを失った唇が離れると、曽良は少し頬を赤くしてジッと芭蕉を見つめた。
「…今…」
「曽良くんが本当にツラそうだったから」
フッと微笑む芭蕉を見て、曽良は前よりもずっと胸が軽くなったような気がした。



――君は哀れだ。堕ちていく自分を卑下し、存在価値を見失っている。
確かに君は大分汚れ果ててしまった。でも私を見つめる心は今も純真無垢で穢れを知らない頃のままだ。根拠はないけれど、漠然とした何かがそう感じさせるんだ。
私には君を完全に浄化できるほどの力はないけれど、君が私に手を伸ばすなら何回でも救いの手を差しだしてあげる。
だって私が君をこんな風にまでしてしまった魔の引き金なのだから――。



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初芭曽文!がまさかこんな話になるとは。w
ていうかほぼ曽良くんの過去捏造話で終わってしまった。
まだ完全に愛し合う前の芭曽なので、芭(→→)←←←←曽な関係です。

ショタコンホモたちに犯されて曽良くんはエロ●ッチになったんじゃないかな、という妄想の果てがこれだよ!←

あ、天使と悪魔の件はかなり にわか知識です((

次はもっと明るい話を書きたい!

2012.09.17

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