共有依存


最近ちょっと曽良くんの言動がおかしい気がする。
いや、気のせいじゃないよ絶対。
例えばさ、旅先の宿で一緒に朝飯食べるとき!
普通はご飯と一緒に出てくる箸を使うのに、曽良くんは前日の晩飯で私が使った箸を貰って(ていうか何で女将さんもあげちゃうんだろ…)それで食べるんだよ!?
確かに昔から曽良くんは何の抵抗もなく私と物を共有してたけどさ…、最近はそれが余りにも度が過ぎてると思うんだよね…

理解し難い曽良の奇行に芭蕉が翻弄されていることなど、それを当たり前としている当の本人には届かない。


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ある日、芭蕉と曽良は長旅の疲れをとるために、いつものように一緒に風呂に入った。
体と頭ををせっせと洗って、一日の汗を洗い流す。
チラリと隣にいる曽良に視線を移すと、バッチリ目が合ってしまった。慌てて芭蕉は視線を逸らす。

(まさか今までずーっと見てたのかな…)

ここの所、何故か曽良は風呂の時だけ普段より僅かに落ち着かない様子なのだ。
いつも以上に芭蕉の方を見てくる上に、芭蕉が湯船に浸かってるときは明らかに視線が水面下の体の方にいく。まるで視線で体全体を舐め回されているような気分になって、風呂に入っているのに悪寒が走る。
泡を全て洗い流して湯舟に浸かると、案の定曽良も同じタイミングで入ってきた。
一言も喋らず、ただ芭蕉の水面下の体をジーッと見つめている。


(…視線が気になる…。…いや、折角風呂に入ってるんだし、そんなこと考えるのは止めよう、うん)

(…やっぱり視線が気になってイマイチ落ち着かない…)

(いや、大丈夫、きっと松尾の思い過ごしだよ。いくら私がカッコいいマッスオだからって、曽良くんが私の体見て鼻血出したりとかしないもんね。今水面を漂ってる赤い液体は、きっと私のせいじゃなくてこの風呂が熱いからだよね)

弟子の鼻血が自分のせいではないと芭蕉は必死に言い聞かせる。
しかし、チラリと曽良の方を見れば此方を見て目を見開いて息を荒げ鼻血を流す最悪の三拍子が揃った弟子がいた。

(……やっぱり曽良くんが私を見て鼻血出してる…)

認めざるを得ない状況に芭蕉は嘆息した。

(何で普通の可愛い女の子じゃなくて、私見て鼻血を出すんだよ…)

芭蕉が戸惑いながらぐるぐると思考回路を巡らせていると、いきなり水面が波打った。
波打った原因の方に目を向けると、立ち上がった曽良の逞しい両脚が目の前に出現していた。
腰に巻いたタオルがお湯に濡れて下半身に貼りついている為、タオルの真ん中に不自然な膨らみがある。そして芭蕉はそれが何なのかすぐに分かってしまった。
分かってしまった途端に顔が熱くなって、慌てて視界からソレを外す。

(嗚呼もう…!全力でスルーしたいよ松尾…!)

見たくもなかった現実をなかったことにするために顔を横に振っていると、上から低い声が降ってきた。
「芭蕉さん、僕少し逆上せたようなので先に上がらせてもらいます」
ふっと見上げれば、仮面を被ったように無表情の曽良が私を見下ろしていた。
確かに曽良の顔は普段が白い分、顔が赤いのがかなり目立った。本当に逆上せているようだ。どういう意味で逆上せたかは考えたくないが。
「う、うん、分かった」
「では、お先に失礼します」
ザブザブと音を発てて湯船から上がる曽良の背中を見ながら、芭蕉はそっと息を吐き出して安堵した。

(やっと落ち着ける)

さっきまで曽良がいたことを証明するかのように波打つ水面を見て見ぬ振りをして、目を閉じた。

芭蕉は曽良が嫌いという訳ではない。寧ろ好きな方だ。しかしその好きはきっと弟子として好き、なのだろう。
それにしても、いつから彼は変態思考になってしまったのだろうか。曽良とは付き合いが長いが、昔は真面な弟子だったはずだ。
いろいろと考えていたら芭蕉も逆上せてきた為、風呂に入ったのにあまり疲れがとれた気がしないまま、芭蕉も湯船から上がった。


火照った体は脱衣場に出ると少し治まった。
体を乾いたタオルで拭き上げて、さっき脱いだ褌を着けようと篭の中に入れた着物の下に手を突っ込む。
「……………アレ?」
いくら手探りをしても褌がない。

(……え?……え!?)

バッと着物を入れておいた篭の中を覗く。
確かに篭の中には、草若色の着物と袿と足袋以外の物は何も入っていなかった。
「な…何で…!?」
入る前にちゃんとここに入れたはずなのに、と思わず声を漏らした。すると。

「どうしました?芭蕉さん」
後ろからあまり抑揚のない低い声が聞こえたと同時に、芭蕉の肩をひんやりとした手がガシッと掴んだ。
「ウッヒャアッ!!冷たっ!!」
突然だった上に風呂上がりの体にその手の冷たさは刺激が強すぎて、芭蕉はほぼ反射的に前に飛び出した。
そろそろと後ろを振り向くと、目の前には何故か褌一丁の曽良が立っていた。
「…一体どうしたんですか、芭蕉さん」
「わっ、私の褌がなくなったの!曽良くん知らない!?」
「芭蕉さんの褌?…あぁ、それなら今僕が着けてますよ」
「…………………はい?」

……あれ…どうしよう。松尾もしかしてもう老化現象始まっちゃったのかな?
今明らかにあり得ない言葉が聞こえたんだけど…どうしよう。…そんな…あり得ないよね、うん。曽良くんが私の褌締めてるなんて絶対あり得ない。

「あり得てますよ、芭蕉さん」
曽良の顔が目の前に近づく。漆のように深く澄んだ黒目が芭蕉を見つめ、その目は芭蕉の姿を捉えて離さない。
日頃の奇行を感じさせないような綺麗な曽良の顔を見た芭蕉は照れ臭さが勝って、パッと顔を背けた。
「な…何で…私の褌…着けてんの…?」
声が弱くなる。恐らくは曽良が芭蕉を注視しているせいだ。彼のその威圧感とも言える熱い視線を全身で感じているからだろう。芭蕉は押しに弱い。
一向に目を合わせようとしない芭蕉に曽良は告げた。

「何でって…好きだからに決まってるじゃないですか」
さらっと言った。何の躊躇いもなく。
きっとこの弟子は師の方を真っ直ぐ見て言ったはずだ。
一方その師匠はと言えば、背けていた顔を反射的に弟子に向け、口を開けて固まっていた。態度がまるで逆だ。
「…す、好きだから…?」
「ええ。好きな人と物を共有したいと思うのは当然でしょう?ですから芭蕉さんも僕のを付けてくださいね」
差し出された褌は綺麗だった。しかし恐らく綺麗に見えるだけだろう。
芭蕉が嫌な顔をすると、曽良はすっと褌の手を引っ込めた。
「嫌ならいいですよ。芭蕉さんはノーフンってことで、それはそれでアリですから」
曽良は口角を舌舐めずりして去って行った。

『好きだから。』
好きだからという理由で、曽良は芭蕉と同じものを共有したがる。例えそれが一線を越えた下着だったとしても。
今までの奇行の答えがこんなにもあっさりと分かったのに、芭蕉はやっぱり理解できなかった。



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曽良くんは芭蕉さんへの好きが大きくなりすぎて変態化すると思います。

12.12.09

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