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吹雪に見舞われて、これ以上先へは進めなくなった。苦労して設営した狭いテントの中で身を寄せ合うのはオレを含めて4人、今は全員息を潜めるようにして静寂を守っている。休息の一環でもあるのだから当然、…だが実際には、どいつもかろうじて目を閉じている程度なはずだ。テントに打ち付ける重たい雪の音がうるさい。それぞれに思うところもあるはずで。
かくいうオレもまんじりともできずにじっとしていた。個人の事情で言えば、こいつらと狭い場所に押し込められているという状況そのものが落ち着けない理由だ。フリオニールにセシル、ティーダ。付き合いこそ長くないとはいえ、もう何度も命を預け合ってきた。信頼してないわけじゃないんだ。ただ…。
問題はオレ自身にあって。背中に感じるそれぞれの体温、そのうちの一つにばかり意識を向けてしまう、という。そいつが身じろぎしただけで固唾をのむオレがいる。不可思議なことだ。信頼を口にしたそばから、まるで敵視しているかのように。
ティーダのことを。…フリオニールとセシルはいい。無条件にとはいかないまでも、安心して背中を預けられる相手だ。ティーダだけが違う。ティーダだけが安心できない、落ち着かない。
こいつといるとなぜだか、得体の知れない焦燥ばかりが胸を占めていてもたってもいられなくなるんだ。ティーダの側にいるオレは常に気を張り詰めてなければならないし、目を凝らしているべきである。そんな感情がオレを苛立たせる。
なぜこんな思いがするのか。納得のいく答えが出た試しはないというのも、この苛立ちに拍車をかけた。ティーダを見くびっているがために過度に心配しているとか…そんな単純な理由ならいいんだが。
もっと別の意味合いがあると思うのは、毎回陥る妙な感覚があるからだ。
波打ち際にいる…と。そういうような。
ティーダに水や海といったイメージがあるというのもあるんだろう。白い浜辺に寄せては返す青を見つめて、立ちすくむ自らの姿を想起する。引き込まれたら最後。戻ってこられる保証はない。だからオレはいつも慎重に、波打ち際との距離を測る。
溺れたくて溺れるやつはいない。
「クラウド」
起きてる?不意に声をかけられて、危うく肩が跳ね上がりそうになった。
なんとかこらえながら抱いた率直な感想は、なぜフリオニールでもセシルでもなく、オレに話しかけるんだ、ということだ。複雑な思いがしてすぐには言葉にならない。オレがまごついてる間に、先回りするようにしてティーダは続ける。
「震えてない?…寒い?」
めまいにも似た心地がした。
ああ、まただ…何よりこの瞬間が怖いのだと、オレはこれまでに学んでいた。あれほど緊張していたはずが、どうしようもなく脱力してしまう。この感覚を恐ろしいと表現するのは間違ってないはずだ。体が言うことをきかなくなって、ティーダの声に、気配そのものに。
引き寄せられる。
沈む。
「…大丈夫だ」
押しとどめながら絞り出したものだから、声は無様にもかすれてしまった。
怪しまれなかっただけよかったのかもしれない。こちらを伺うような素振りはあったものの、追求はなく、フリオニールかセシルががさごそと体勢を変えただけ。再び訪れた静寂にオレはほっと胸を撫で下ろす。
そのはずが。
ティーダこそ寒くないか。無意味に話を続けようとしている自分に気づいて、オレは慌てて口をつぐんだ。一言交わすだけでこんなにも煩わしいのに、そんなことをする必要がどこにある、…一方で、静寂に居心地の悪さを覚えるオレがいて。
ふと思い当たった。寒いか寒くないかなんてどうでもいい。ただ確かめていたかっただけなのかもしれない。
この暗闇の中での、おまえとの正しい距離を。

2020/1

 



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