研修を終えた青年は、審神者と成る為の一歩、初期刀の顕現を政府の役人監視の下、行われようとした。
青年が初期刀を選ぶその直後、政府直属の巫女が入って来て、こう言った。

「貴方にその五振は、顕現できません」

困惑する周囲を余所に、青年はなるべく冷静にどうしてかと尋ねれば、夢を見たのですと巫女が返す。

「夢に刀が出てきて、貴方のものだというのです。他の刀なんかに、貴方の身を任せてやれないと」

青年にその話をすれば、刀に思い当たる節があるとのことだった。

政治家の祖父に、医者の娘の祖母。
その息子で祖父と同じく政治家の父に、華道の家の一人娘の母。
青年は、そこの一人息子である。
けして甘やかされることなく、厳しく育てられ、高校は都で一番の所に、大学も政治家の息子という肩書に相応しい名門に行った。
しかし、二年に上がる際、政府主催の審神者適性検査に適性有と判断され、急遽審神者になるべく、研修所に入れられた。
急だったため、家族は青年をとても心配されたが、青年は平気だとでもいうように、研修生の中で一番の成績を取った。

青年の家は、裕福であった。
裕福であるが故に、高値が付くだろうと予想されそうな家具や、花瓶に食器、果てには鎧が豪邸の内部に置かれている、そんな家だった。
中でも、先祖が一目見て、衝動買いをしたと言われている刀は、一等大事にされていた。
十八歳にならなければ、触れられないおかしな刀を祖父は大切に保管していた。

「――おそらく、それが貴方を呼んでいるのでしょう。それを初期刀にしなさい」

政府の者が、青年の家から家宝の刀を持ってくるのに、時間はかからなかった。
どうやって持ってきたのだろうか。分からないまま、巫女に刀が渡る。
きっと祖父と父の機嫌取りの為だと、青年は思った。
機嫌取りの対象になるほど、自分は重要な存在だと、自分で理解していたから。
必死の形相で何かを求める男たちは、まるで亡者のようだ。
こほんと、巫女が咳払いをする。空気がそれだけで清められた気がした。

「さて、顕現させましょう。大丈夫です、何が出ても、私が保障します」

保障。
災いを受けないよう守ること。
巫女が刀の本体に語り掛け、政府の用意した霊刀に、分霊を宿すように祝詞を唱えた後、
青年に告げた。
刀が光を放ち、その光の一部が、霊刀に入った。
もう、初期刀五振は、ここには存在しない。
青年にはすでに初期刀があるのだと、判断されたからだ。
不満があるわけではない。
むしろ、あの刀が、自分のものだと言ってくれたのが、嬉しかった。
あの綺麗な、一度だけしか触れたことのない、刀が。

「……本当に、俺の刀を守ってくれますか」
「――もちろんです」
「ならば政府の方々も」

刀を保障して欲しい。
刀を取り上げないで欲しい。
もし、協力を仰ぐならば、刀の意見を尊重して欲しい。

「いいですよね?この無銘刀に、期待される方は少ないでしょうし」

顔を見合わせた政府の者達が、役職の低い順かつ、昇格意欲の高い者から了承していく。
最後に祖父や父よりも、偉い者の許可を取ったことを聞いた青年は、感謝を述べながら深々と頭を下げた。

――了承は得た。
――許可はされた。

巫女が呆れたように溜息を吐いた気がする。
おそらく気のせいではない。
成程、この人は青年の思惑に気付いたようだ。

青年は『政府の方々』といったのだ。
場所を限定などしていない。範囲は言った通り、そう『政府の方々』である。

仮にも神の前で、約束を了解するなんて。

青年はにやりと口端を上げる。
青年は肩書にも関わらず、健やかに育った。捻くれず荒れもせず、ある程度の善良な人間である。しかし、やはりというべきか、どこか狡猾な所があった。
こういう所が、存在していた。

頭を上げる。
向き直った巫女から手渡された刀に、学んだ通り霊力を注ぐ。
注ぐ。空のコップに水を注ぐように。
満たす。
満たし続ける。

そして、突如ぶわりと桜の花弁が室内に舞う。
青年は驚きに目を見開いた。
桜吹雪の中に、光を纏う人影が見えたからだ。
儚さを思わせる髪色。清潔そうな白いワイシャツに、黒のベスト。
腰に巻かれた黄色い布は鮮やかに。そこに刀を下げている。
すらりとした脚を包むズボン。
機動を重視したのか、踵のない脛までのブーツ。
丸い瞳を目と目があった。

「無銘、御峯勝義です。私のことは、長くお使いくださいね」

そう、彼女は微笑んだ。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -