禰豆子ちゃんは特別。分かっている。けれど、ふと、何故私の家族が特別じゃなかったんだろうと思ってしまう。


「ねえ名前、一般人に手を上げたってほんと?」
「……う、うーん。上げたといえば、上げたけど……」
「頬、相手にやられたんでしょう?酷い話ね、肩を怪我したあなたに手を出すなんて」
「なんでわかるの!?」
「分からないわよ。今のはカマをかけただけ。あなたは嘘をつくのが得意な癖して、親しい人に嘘をつくのは苦手なんだから」

姉弟子ーお姉が笑う。私は藤の花の家紋を持つ家の布団の上でやられたと思った。
血鬼術を使う鬼はそれなりにいる。私はまだ未熟だから、そんな鬼と相対すると無傷ではいられない。今回もそうだった。肩を深く傷付けられた私は治療の為、藤の花の家紋で過ごすことになった。
お姉は何処からか情報を仕入れて来たかは知らないけれど、近くを通ったからとお菓子を片手にお見舞いに来てくれた。やってきたお姉は相変わらず元気そうで、私は深く安堵した。

「お姉は意地が悪い……」

拗ねた声色の私にくすくすお姉がまた愉快そうに笑みを濃くする。

「今知ったんだ。でも、珍しいわね。あなたが手をあげるなんて」
「だって……、刺されそうだったから、つい」
「え?あなたを刺そうとしたの?どうして?」
「うーん、色々あって」

鴉に導かれて到着した村は数日前から人喰いの熊が出ているとあちこちで言われていた。たぶん、鬼だ。この村には藤の花の家紋の家が無かったので、私は村を探索することで夜まで時間を潰すのを決めた。村は日中は平穏そのもの、子どもがいて、その子の親がいて、猫が犬がいて、夜に熊が来なければいいと誰も彼もが願っていた。猟銃を持った男の人たちがいたけれど、鬼であるならば銃は効かない。本当に鬼でなく熊だったら、どうしようと私は考える。呼吸は熊に通用するだろうか、鬼に通用しているから大丈夫だと思いたい。これで通用しなかったら、熊は鬼より強いってことになってしまう。
村を歩いている途中、私は家に出入りを繰り返す女の子と出会う。どうやら最初に行方不明になった人の家族であるようだ。涙目で兄を心配する女の子の姿を見て、胸がずきりと痛んだ。どうにか無事であってほしい。隠した日輪刀を振るう夜に答えが出る。
夜が来た。
やはり熊ではなく鬼がいて、私はすっぱりとはいかず、肩を負傷しながらも斬り伏せたわけだけれど。その場には日中に泣いていた女の子がいた。何故かは分からないし、夜に出歩くなと言い聞かせたつもりだった。自衛に包丁を手にした女の子は、憎々しいものを見る目で泣きながら真っ直ぐに鬼へ向かう。私はしまったとべらべら鬼に喋らせてしまったことを後悔した。ここで行方不明になった人間は俺が喰った。女の子は、それを聞いていたのだ。そこから先はお姉にちょっと話した通りで、灰になって消えていく鬼に包丁を突き立てようとする女の子と、それを止めようとする私の攻防戦である。灰になっていっているとはいえ、危ないことに変わりない。何とか包丁を叩き起こした私は暴れる女の子を気絶させ、抱きかかえて鬼の元から立ち去った。顔の傷はこの時についた。私は彼女に自分を重ねる。包丁を持って刺そうとはしなかったけど、泣き喚く様が、過去の私によく似ていた。

「どうしてっ!どうしてお兄ちゃんを!!なんで?お兄ちゃん、何か悪いことでもしたの?ねえ、ねえ!!」
「落ち着いて!落ち着いてって」
「どうして……」

どうして。

「名前?」
「あ。お姉、ど……うん。この、この私の口に近付いているのは……」
「お土産のお菓子。美味しいよ」
「じ、自分で食べれるって」
「遠慮しなくていいわよ。さっ食べなさい」

お姉の強引さに私は口を開ける。深い怪我は肩だけ、かといって持ち上げるのには支障がないのに、と思いつつもぐもぐ咀嚼する。あまくて美味しい。

「あなたは、怪我が治ったら私と一緒に行動しなさい」
「ん?」
「いいでしょ、久々に行動しても。階級が違うから危険かもしれないけど、あなたを放ってはおけないし」
「んぐ」
「いやじゃなくても決まりだから。じゃあ私もう行くから。完治したらきちんと教えてね」
「ちょ、ま、」

障子がしまる。
私が食べ終わるのを待たず、お姉は私の元から去っていった。ええ。もしや私を喋らせないためにお菓子を食べさせてきたのか?相変わらずだ……。でも黙って出て行くと怒られる、お姉に従うしかない。

「……」

禰豆子ちゃんを妬んでいるわけじゃない。ふと、そんな考えが過ぎるだけ。今まで出会った鬼は人であった頃の面影なんてなくて暴力を振るってくる奴らばかりだった。初めて禰豆子ちゃんに会った時は驚いたっけ。どうして。あの、女の子の声がずっと響いて消えてくれない。これは、妬んでいることになるんだろうか。私にはまだ分からない。

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