世界が青に染まる頃

そういえば久しく善逸に手紙を書いていない。同じ蝶屋敷の下で朝昼晩を共に過ごしているからだ。一緒にいれば手紙を書く必要はないし、書く発想すら浮かばない。

「名前ちゃんの字はかわいいね。名前ちゃんのかわいさが字に表れている俺には分かる」
「そうですかね?」

と善逸に褒めてくれた思い出が過ぎる。善逸が桑島の屋敷に帰ってきた時、手紙の話題となった場面での言葉だ。かわいいかはさておき、褒められるのは嬉しい。どうしてか桑島が複雑な表情を浮かべていた気がする。佐藤に近状を知らせる手紙を書いていたから思い出したのだろう。

善逸から告白、を受けて数回ほど日が落ちて日が昇った。答え。答えはもう出した。出したからには返事をしなければいけないはずだ。受けたことはないが、そういう白黒はっきりさせるものだときいている。
善逸の全身は罅割れている。罅は深く体に刻みつけられているらしく、治るかどうか分からない。そんな病人相手に絶対驚愕するであろう返事を伝えたり出来ない。あの日。陽の光が名前と善逸を照らした辺りで、突然泣き出した善逸のことが過ぎる。名前は善逸が傷付くのがいやだったし、痛がる姿を見るのもいやだ。
それに、まだ、あのことを、話せていない。

「……」

押し潰されるのではという程に苦しくなる。身を二つに裂かれるくらいの悲しみに支配される。名前は首を左右に振る。話せるのだろうか、善逸にあのことを。今でさえ、すぐこうやって駄目になってしまうというのに。

×

「善逸さん、日光浴ですか?」
「あ!名前ちゃん」

縁側に座り、日の光を浴びている善逸に名前は声をかけた。善逸は名前を見るなりそわそわ落ち着きがなくなり、普段の元気な様は見る影なくおとなしい。

「隣に座っても?」
「ハ、ハイ」

ぎこちない発音に名前が目を細める、口角を上げる。名前はまだぎこちないがそれでも笑えている。善逸からしてみれば、見慣れない名前の表情だった。桑島の下で修業していた時、いつだって名前の表情は笑みを作らずにいた。だから、胸がどきどきして、堪らない気持ちで緊張してしまう。名前は善逸の好きな女の子であるので。かわいくて優しい素敵な女の子が自分の隣に座り、ほほえんでくれている事実に善逸は舞い上がっている。
名前は何故かどんどん上機嫌になっていく善逸をやはりといった表情で見つめる。蝶屋敷に来て気付いたのだが、善逸は女の子が好きだ。女の子が側にいると顔が溶ける。喋るともっと溶ける。桑島の屋敷にいた頃は全く知らなかった一面になんとなく名前は納得する。通りで名前と話す時、妙にぎこちなかったり、気分が高揚したようにしていた訳だ。

「あの、善逸さん」
「うん、なあに」
「きいてほしい、ことがあります。覚えていますか?話していないことがあるって、わたし、あの日に言いましたよね」
「覚えているよ!勿論、名前ちゃんの言葉は一文字間違えることなく忘れない!」
「そ、それはちょっと恥ずかしいです……」

困ったように少し笑んだ名前が、深呼吸する。

「覚悟が、覚悟が出来たら、きいてくれますか」
「いつまでだって待つよ、名前ちゃんが覚悟を決めるまで」




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