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うちの髭切がよその髭切と違うことに気付いたのは、初めて髭切を連れて行った演練でのことだった。
政府によって行われる演練は、主な目的を審神者同士での情報交換などと言っているが、実際のところは審神者の交流会のようなものだったりする。
審神者とは簡単に言うと、刀の付喪神である刀剣男士と共に、本丸という場所に閉じ込められ、家にも帰れず、時間遡行軍と戦うことを強制される職業だ。
もしかしたら、審神者の職に誇りを持っている人もいるかもしれないが、少なくとも無理矢理ここに連れてこられた私からしてみれば、批難じみた言葉しか出てこない。

見目麗しい刀剣男士は、文字通り、刀である。
どれほど人の形をとっていようが、人外であることに変わりない。
それを分かっている審神者たちにとって、人外との閉鎖的な暮らしは、精神的にくるものがあったのだろう。
だから、いつしか演練というものが出来、過去の事件を踏まえ、不定期に送られてくる演練への案内状は、審神者たちの精神安定を図っている――と噂されている。

それはさておき。
気付いたきっかけは、演練が始まる前のセッティングなどで出来る、空白時間のことだった。
最後の演練相手となった審神者の丁子さんが、ふと私の所と東雲―私に与えられた仮名である―さんの髭切って、なにか違うねと言ってきたのだ。

「なにか違うって、どんな感じにですか?」
「あ、変な意味じゃありませんよ?なんていうか、東雲さんの髭切って、猫っぽい感じがするんですよね。あ、気に障ったのなら、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ。猫……ああ、でも、そうですね、確かに私も、猫っぽいな、と思ったことあります。……丁子さんの髭切は違うんですか?」
「違うますねえ」

丁子さんがしみじみと頷く。
演練場は、審神者の避難を優先するように作られたような構造をしている。
以前は、刀剣男士も審神者の護衛として、ここの部屋に同行していたらしいが、審神者と審神者の間でトラブルが起こった際、刀剣男士がまあ、過剰に反応したために離されるようになったらしい。
政府が問題の対応を面倒くさがったとしか思えないが。
だからここに審神者しかいない。
若干心配であるが、かなり頑丈な結界がはってあるので、おそらく大丈夫だろう。

「刀剣男士も顕現する審神者によって少し違い?個性?が出てくるとか噂されていますし、多分それですかね」
「へえ、丁子さんのところの髭切はどんな感じなんですか?私のところは後ろをついてきたり、からだを押し付けてきたりするんですけど」
「え、え、はい?」

いつもの髭切がする行動を、確認のために言ってみれば、衝撃を受けたようでとても驚かれた。
……どうやら、よその髭切はしない行動を、うちの髭切はしているようだ。
正直、私もいま丁子さんと同じように衝撃を受けている。

「し、しないんですか……」
「……し、しませんね。髭切は割と友好的、ですけど……ついてきたり、からだを押し付けたりは全く。はい、えーと、猫みたいで……はい……」

動揺しているのか、丁子さんの歯切れが悪い。
何度も衝撃を薄めようと頷き、うんうん唸る丁子さんに申し訳なく思った。
そうこうしている間に、私と丁子さんの刀剣たちの演練が始まった。

演練は丁子さんが勝った。
最後の演練が終わったので、政府のアナウンスに従い、審神者たちは部屋から出る。
演練は午後も別の組み合わせで開催されるので、政府は終わったのなら、速やかに出て行ってほしいようだ。
なにからなにまで、自分勝手な政府である。
まだちょっと考えているような風の丁子さんと、一緒に部屋から出る。
壁にはられた矢印に、しばらく従って歩いていけば、刀剣男士のいる演練場にへと到着した。
私たち審神者が入って来たことに気付いた刀剣たちが、主、主とそれぞれ寄ってくる。
それを恒例の光景だと思ってみていれば、いままで黙っていた丁子さんが私の方を向く。

「……あのーすみません、不躾なんですけど、東雲さんの髭切、見たいです。ついていってもいいでしょうか」
「あ、いいですよ。同じところにいるでしょうし、一緒にいけば手っ取り早いですね」

少し予想はしていた言葉に、私は素直に頷く。
私と丁子さんの刀剣がいるであろう場所に向かう。
刀剣たちが入口で待ってくれているとしても、演練場は広すぎるから、政府は刀剣たちのために、バスとか用意してくれないかなあと毎度思う。
隣でわくわくした様子の丁子さんを、不躾とは思わないが、好奇心旺盛そうだとは思った。

「主」

と、白いものが視線に入ってきて、のんびりとした声が私を主と呼ぶ。
どれだと考える間もなく、ぐいぐい身体を押され出す。
丁子さんが「あっ」と短く声をあげた。
……このようなことをするのは、ここには一振しかいない。
加州や子狐丸ではない、いれば真っ先に頭に浮かぶが、今日は連れてきていないので、当然違う。
いつもされる行為に、私はされるがまま、身体を左右に揺らされる。
……やはりというか、なんというか、待てども待てどもやめる気配がない。

「……髭切……やめてよ……」

ないので、私は腰を若干屈める姿勢の身体を押し付けてくる髭切に、やめるよう停止を呼びかける。
私に声をかけられた髭切は行動をやめ、なんで止めるの、といいたげな目を向け、じっと私の次の言葉と動作を待つ。
至近距離の髭切の眼力が強すぎて怖い。
逸らしてくれという意味を込めて、すぐ近くにある頭を撫でれば、気持ちよさそうに髭切は目を閉じる。
……丁子さんの痛い程の視線とか、うちの刀剣のまたやっているよ……っていう表情とか、丁子さんのところの刀剣たちのなんだあれという雰囲気が、大変気まずい。
こんな雰囲気の中で、まだ頭を撫でてと要求してくる髭切のメンタルすごい。
そして、私のお腹は急激なストレスのせいでか、とても痛い。

どうやら本当にうちの髭切は、よその髭切と違うようだった。
興奮した様子の丁子さんから、本当に猫みたいだと太鼓判を貰った。
貰っても困る。
満足したのか姿勢を戻し、何でもない様子で丁子さんに挨拶してから、呆気なく私の元から離れて行った髭切の監視を次郎に頼み、丁子さんから話をきく。
どうやら丁子さんのところの髭切は、だいたい私の髭切と同じようだった。
しかし、いま目撃したような行為、私がいつもされる行為をされたことはないと言う。
どちらかといえば、あまり積極的に接触をしてこない刀らしい。
私は丁子さんの髭切の話を参考として、よくよくきいた。


髭切は連隊戦とかいうふざけた政府主催のイベントで、御歳魂を集めたことによりやってきた刀剣である。
髭切より前に、五万でやってきた膝丸の兄者口撃に気圧されたために、本腰を入れて挑まなくなったイベントは、本当に大変だった。
もう二度とやりたくない。
――最初こそ手に入った髭切は、おそらくであるが他の本丸の髭切と大して変わりない態度だったと思う。
……予想するしかないのだ。これまでの演練で、髭切を持つ他の審神者さんと会ったことがないし、丁子さんの話を聞いても実際に見ていないので、その髭切を想像しにくいのだ。思いを馳せるしか、ないのである。

……で、猫っぽい行動を髭切がするようになったのは、数ヶ月前のことだ。

数ヶ月前、私が廊下を歩いてきた時、ふと気が付いたら足音がひとつ増えていた。
テンポのずれた人の足音に、私はぞっと身体を強張らせた。
一体なんだ。
短刀たちや長谷部、加州に子狐丸だったら、必ず私に一言声をかけるはずだ。だから違う。
驚かせるのが好きだと他の審神者さんに言われている鶴丸国永は、この本丸にはいない。
鯰尾だったら、もっと上手だ。足音すら、隠してしまう。
なら、だれだ……?
うんそうだ、こういうのは思い切りだ。
足音の持ち主の顔をみようと、勢いよく後ろを振り向く。
と、目を瞬かせる髭切が少し距離をあけて、そこにはいた。
おそらくその時は、午前九時半くらいで、髭切の出陣は午後からだった。そう、私が決めていた。
だからか、髭切は防具をつけていなくて。
先程の恐怖で顔が引き攣っているであろう私を見た髭切が、不思議そうに「大丈夫?」と声をかけてきた。あいていた距離が縮む。
大丈夫、大丈夫?
心臓の音がうるさいほど高鳴っている。息もこの一瞬で荒くなってしまった。
なんか祟りにでもあったのかと、一瞬考えたじゃないか。
情けないし、恥ずかしいしで、私は一生懸命首を左右に振る。

「だ、だいじょうぶ。それより髭切、私になにか用でもあったんじゃないの?」

気を取り直して、逆になぜこんな、無言で後ろをついてきたのかという意味を込めて、髭切に尋ねてみる。

「ううん?特に用はないよ」

いつも通り、飄々とした笑みを浮かべて、髭切は言った。
その笑みを気まぐれか何かと勘違いした私は、用はないという言葉を信じて、仕事をするために再び歩き始める。
……だが、しかし、足音がまたひとつ、多い。
まさかと確認すれば、髭切だった。なにも言えずに放っておけば、そのまま仕事部屋の入口までついてきた。
私の後に続き、仕事部屋に入ろうとした髭切は、兄者を探しに来た膝丸が連れていかれた。
一体何だったんだろう……と疑問に満ちたその行動は、だんだんエスカレートしていき、今に至る。

膝丸は私と髭切の相互に見て、何が起こっているという目で見てくるし、直接聞いた来た。しかし、返せる答えを私は持っていなかったので、知らないを貫くしかなかった。
長谷部と加州と子狐丸は、おそろしい形相を髭切に向けている。もう私はどうしようもない。そんななんでなぜと言われても、やはり、知らないを返すしかない。
他の刀剣は生温い目を向けてくる。この反応が一番ありがたい。

今回の演練で、うちの髭切はよそと違うってことが分かった。
わかったからといって、髭切がなんで、こんな猫みたいな行動をするのかが、解明されたわけじゃないが。
なんで、源氏の重宝が猫みたいになっているんだろう……。膝丸は髭切のような行動をする気配はない。どうして髭切だけが……。

「あの、髭切、離れて……」
「え?どうして?」
「歩きづらいから……どいてほしい」

丁子さんの有り難い、参考になるかもしれないお話を聞いた私は、様々な視線に突き刺されながらも刀剣を伴い、本丸に帰還した。
そして本丸に帰還するやいなや、再び髭切は私の身体を押してきた。
歩きづらいことこの上ない。
こうされるのが嫌なわけじゃないんだけど、少し困るのだ。
私は髭切を苦々しいんだが、嬉しいんだがわからない気持ちで見上げる。
だって、こんなにも懐かれて、不快な気持ちには誰だってならないだろう。
しっかし眼力強いなあ……。
複雑な心境で頭ではなく頬を撫でてやれば、髭切が擽ったそうにふふ、と笑った。

……猫みたいだな、本当。



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