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「名前、名前」

取り乱した声で、私の名が呼ばれる。何度も、何度も。私は、彼の反応が意外だった。彼――源輝はいつだって堂々としていて、慌てふためく様子なんて一度も私の前で見せたことなかったから。

「だいじょうぶ」

明るく言ったつもりだったが、私の声は動揺したように震えた小さなものだった。そこで私は自分が案外追い詰められていると気付く。だって、本当は傷付けられた肩がじくじく痛んでたまらない。でも、輝の普段見ない姿を見続けるのが何だか我慢ならなかったのだ。
やっと止まった血の匂いが気持ち悪い。血の感触が気持ち悪い。
座り込んで、今にも地面に倒れ伏しそうな私を支える輝の腕の中は狭くて、じっとりと熱かった。強く肩を圧迫している手ではなく、空いている方の手を輝の汚れていない腕へ伸ばす。

「いいよ、そんなことしなくて、汚れるし」
「……僕がしたくてしていることだ」
「輝。私が……私が悪かったから。ね、そんな顔しないでよ」

祓い屋が怪異を信用しようとするなんて、馬鹿な判断だった。けれど、過去の私はその判断が最もいい選択だと思い込んでいたのだ。私の言葉に輝が首を左右に振る。

「するに決まっているだろう。……これでわかったよね。怪異は人を騙すし、安易に傷付ける、害をなす存在でしかないって」
「……」

ゆらめく夏空の色をした瞳には怒りに似た激情が広がっていた。輝は元々、怪異にいい感情を抱いていないことは知っていたが、こんなにわかりやすい憎悪だったのかと目を見張る。人の憎しみほど触れて痛いものはない。輝の感情を前に、私の口は簡単に閉じてしまう。
輝が腕に力を込める。痛くて、あつくて、頭が靄がかったかのようにぼんやりする。私は視界の端の、なにもなくなった場所に目をやる。なにもない。もう、なにも。ショックを受けているのだろうか。消滅という事実に心を痛めているのだとしたら、私はどれほど馬鹿なんだろう。
夢であってほしかった。目が覚めれば、淡く消えていき無くなるのだ。この痛みもかなしみも、輝の激情も、いま私を取り巻くことすべてが夢であってほしい。
蝉の鳴き声が、まだきこえている。

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