背後になにかいる。
透明な瞳に映すことの出来ない、得体の知れないなにかは、物心ついた時から背後にいた。
気付いたのは、その物心ついたとき。よくもまあ気付けたと思う。でもあんなあからさまな気配と視線をずっと受けていれば、気付きたくなくても気付いてしまう。
一度、母親になにかがいると伝えたが、寺に神社にと連れ回された一年を経験してからは、なにもいえずにここまで来た。
そんな何かは、念仏も祝詞も効いていないらしく、相変わらず私の背後にいる。
もしかしかすると、私の幻覚かもしれない。

なぜか私はなにかを恐ろしいと、不快だと思えなかった。一日中、二十四時間、三百六十五日、朝から晩――花を摘んでいる間は何も言わなくても、扉の外で待っている気配がするが――となにかは私を見ているというのに。
被害はない。
見えなければ、触れることも出来ない。しかし相手は違うらしく、たびたび私の頭を撫でたり、肩に触れてきたりする。
ただ、それだけだが。
けれど。
そうだ、ひとつ。
なにかを恐ろしい――違うな、不可思議に思う場面がある。

なにかは毎晩毎夜、私の耳元で、温かくむずかゆい言葉のような息を吐き出す。
言葉は勿論聞こえない。
しかし、気配やなんでか吐いている息の仕方で、囁いているのだと理解した。
行為の意味は、さっぱり理解できないが、そうしているなにかは楽しそうで、幼い頃より背後にいるなにかにいくらか情が移った私は、行為を邪魔する気にもなれずに、囁き続けるなにかの好きにさせている。寝たフリをして、なにかの行為を見守っているのだ。
見られたくないのだろう、きっと。

「     」

私が見守れる時間はほんのわずかだ。
あちらはまあ不眠、私は眠るのが大好きな学生。
うとうと眠気がやってきて、ぱくりと私を丸のみにした。
……おやすみなさい……。



「     」

なにかは囁く。届かないことなど百も承知。
それでも囁き続ける。いつか届くことを夢見て。


戻る




×
- ナノ -