その女の子がぼくたちの住むマサラタウンに、やってきたのは春の生温い風が心地良い、五月上旬の事だった。
「こんにちわ、ファイア君、リーフ君」
声の方を向けば、近所に住むおばあさんが、大きな荷物を両手に持って、立っていた。
ぼくとリーフは挨拶を返し、どこか疲れた様子のおばあさんの元へ近寄る。
「その荷物、どうしたんだ?」
リーフが好奇心を隠さず、興味津々な声色で尋ねる。
質問におばあさんは、自分の背後の方を少し振り返り、困ったような表情をつくった。
ぼくはぎこちない視線を辿っていき、おばあさんの背後に女の子が立っていることに気付く。
その女の子は、おばあさんから完全に背を向けて、一番道路の方を見つめていた。
後ろからでも分かるほど、深々と被っている帽子。
大きな旅行用のバック。
春の季候を考えると、暑苦しい長袖のワンピースにタイツ。
ぴんと背筋が伸びている後ろ姿は、兄の姿を連想させる。
声をかけようか迷っていれば、ぼくの横からリーフがやってきて、「誰?」と女の子を見て、声をあげた。
「なぁ、あいつ、ばあちゃんの知り合い?」
「…おばあちゃんの孫よ、マーちゃん」
"マーちゃん"と呼ばれた女の子は、こちらをゆっくりと向いた。
そして、緩慢な動作で、おばあさんの隣に立つ。
女の子の目には、光が無かった。
いつか見た、死んだコイキングのような目、とでもいうのだろうか。
濁ったオレンジに思わずたじろぐ。
ぼくと同様、リーフの身体も後退る。
おばあさんがぼくたちの反応に、申し訳なさそうに笑う。
女の子はぼくたちに興味がないのか、地面と無表情で向き合っていた。
「この子はマイカ、ファイア君とリーフ君と同い年だから、仲良くしてあげてね」
「…はじめまして、……マイカです」
悪い意味でよく通る声を女の子は発し、ぼくたちを見ないまま、大袈裟にお辞儀をした。
リーフが顔を歪める。
女の子の態度を不気味がるように、恐怖を滲ませて。
ぼくも多分、そんな表情を浮かべているだろう。
…この子、"マイカ"ちゃんを恐ろしく思ったから。
酷く可哀想に見えたから。
おばあさんと"マイカ"ちゃんは、ぼくたちと別れて、マサラタウンの奥へ歩いていく。
――同い年の"マイカ"ちゃん。
ぼくは、彼女に興味を持った。
あの悲しそうな目を、放っておけないと、そう直感的に思ったから。