死んだ人は生き返らない。例えそれがいかなる奇跡だとしても。 がたんがたん、と電車に揺られながら、これまでの経験から知った……いや、こんなことになる前から知っていた事実が、ぼんやり輪郭を浮かばせてくる。 「……」 どうにも、墓参りへの道中は暗い思考しか出来ない。 何度も何度も行っていることだからか、悲しさは薄れ、感情を荒立つ気配もない。 そう、慣れたものだ。慣れてしまった、のだ。 父と母の墓参りに、私は。 ここでの私の家族は父と母だけだ。前のように兄弟はいない。 ――小学校にあがる前までは今住む一軒家にいたのだが、父の仕事の都合で他の県に移り住むこととなり、私は一度冬木市を出て行った。 そうして父に連れて行かれるがまま、あっちこっちを転々とし、私が高校に上がる中学三年生の真冬。 ようやっと冬木に帰れるという途中、父と母は事故に遭い、帰らぬ人となる。 その時私は、ちょっとした偶然で事故現場を離れており、両親と共にいなかった。 ゆえに生き残ってしまう。 後は葬式だったり、お金のことだったり、私についての話になる。 私の両親は、あまり自分の家族の詳細を口に出さない人たちで、特に父は何も自分の親兄弟がどうしているかを言わなかった。 なぜ言わなかったのはか、後々に知ることとなった。 今は、そんなことはいいか。 だから母の姉妹と名乗る二人の女性が来たのも、話し合いに父の弟と名乗る男性が来たのも、当時の最初の私には、驚きの連続であった。 ちなみにその男性は勝手に対応した母の姉の伯母さんに追い返され、最初の方から今もあったことがない。 伯母はその歳、こんな時にしかやってこない人間なんて、碌な奴じゃない。勿論私たちは碌でもない人間です。といい、叔母に窘められていた。 碌でもないの言葉通り、伯母は確かにそうだった。 金銭にその他諸々には興味がないらしいが、両親のことはとにかく悪く言った。 母に関しては愛情が言葉の端々からどことなく伝わってきたものの、父の方はといえば、もう恨み辛み状態だ。 初めは悲しみに怒りと、かなり衝撃を与えられた。 しかし今はまた言ってくれるな、と冷静に受け流せるようになった。 回数を重ねていく事に、伯母が心から悲しんでいるのはわかった。けれど父に当たるのはどうかと。 そして何故か、大変複雑でややこしい話し合いの末、私は伯母に引き取られ、あの一軒家に住みたいと交渉をする展開になる。 ただし私と仲良くなる気はないようで、全く近寄ってくる気配がない。 娘の方は、私を妹みたいに思ってくれているのかよくしてくれる。お土産をくれたりするのが彼女だ。 そして電話をちょくちょく寄越し、面倒を見てくれているのは叔母さんだった。 何がどうなっているのか、もうわからない。 どうしてこうなっていくんだ。何度繰り返しても理解不明。 伯母がああだからか、叔母から私たちと一緒に暮らせばいいじゃないと言ってもらっているが、只でさえ自分の子どもの面倒を見るのが忙しいのに、他人の面倒など見たら、気遣いなどで更に疲れてしまうだろう。 過労で倒れてしまえば、大変だ。 幸い私にはループによって積み重ねた経験がある。 だから大抵のことはそれなりにこなせるし、それなりにやれば出来る。 それに周囲との齟齬を一緒に住んで、ずっと実感するのも中々苦痛であるため、少し距離感のある状態、つまりこのままでいいのだ。 両親のお墓は、山中の、柳洞寺ではなく、また別の所にある。 墓地までバスが通っておらず、駅の位置的に電車の方が近いため、私はこうやって……伯母と顔を合わせたら、面倒になるからだ。あの人は会ったら会ったで普段近寄ってこないくせに、なぜか絡んでくる。なんでだろう……朝早起きをして、電車に揺られている。 数えるのが、億劫になるくらいには。 山中だから、虫はたくさんいるだろう。あんなところにいて、うんざりしないのか。 私も、もしかすれば、あの中に入っていくんだろうか。 死ねたのなら、今死ねたとしたら、おそらくはそうなる。 そうすれば、私は、私は。 「………いや、」 私はゆるりと頭を左右に軽く振り、その浮かんだ醜さを片隅に追いやった。 お墓にいくのに、こんなことを考えるのは、いけないことだ。 電車が大きく揺れる。 次は。と降りるべき駅の名前が車内に響く。 もうそんなところまで来ていたのか。 窓の外に目をやる。 すぐそこで、緑が蠢いていていた。 けれど、そんなのは錯覚で、ただ景色がはやく変わっていっているだけ。 私の思い込みで、森がそんな風に見えただけだ。 駅の名前が繰り返される。 それを私は荷物を握りしめながら、静かにきいていた。 完全に止まるまでは、座っているようにする。 バランスを崩して、怪我をしたら嫌だし……、無理をしないように。不審者についていかないように。少しでも身体がいつもと違うと感じたら休むように、藤村先生と衛宮士郎からよく言われた手前、ちょっと怪我をしにくい。 もし、怪我をして、熱中症で倒れたりすれば、注意を受けるのが目に見えている。 両親のお墓にいくだなんて、言わなきゃよかった。 昔みたいに、治癒魔術もなにもつかえないのだから、証拠隠滅も出来ないのだし。 使えたらいいのに、と思わなくもないが、ないものねだりというものだろう。 ……完全に止まった電車の席を立ち、忘れ物が無いかをよく確認してから荷物を持って外に出た。 夏の熱風をぶわり、と身体全体に受け、冷房のよくきいた電車の中にずっといた身体には、この熱風はきついなと顔を顰める。 お父さんとお母さんの墓がある地域周辺は、なんとなくでいいから涼しいといいな。 私はとりあえず、花が売っているであろうスーパーに向かうことを決めた。 6 |