唐突だが、私は保健委員である。
本当は図書委員が良かったのだが、生憎とじゃんけんで負けてしまったので、保健委員に立候補して、またもやじゃんけんが生じた。…激戦だったと言っておく。

――今日、私は保健委員として保健室にいる。

当番ではない、帰宅しようと玄関に向かっていた所、保健の先生に捕まったのだ。
やけに焦った様子で、せかせかと競歩を一人で繰り広げている先生が前からやってきたのを見て、厄介事の気配を感じ、視線を下に目を合わせないようにしながら廊下の端による。
これで大丈夫だとほっと一安心したのもつかの間。

「あぁ!!?丁度良かった!いま校庭で怪我人が出て、私そっちに向かって保健室空けちゃうから、代わりに保健室にいて欲しいの!お願いね!」
「え」

お願いを言い切って、先生は消えた。

……洗濯物、大丈夫かな。
日が長いから大丈夫な、と思いながら保健室へ向かい、今に至る。


しかし、人がぼちぼち来るな。
体育館で擦り剥いたと、ボールで突き指したと運動部がきたり、彫刻刀を掠らせた、包丁が当たったなどと文化部がきたりした。
けど、考えてみれば連続で刃物による切り傷患者が来るなんておかしくない?
もしやあの子たち、こっそりと刃物愛好会を開いてる訳じゃないよね?
本当だったら、すごく怖い。
暇だからそんな想像をして、人がこない間の時間を潰す。
やがて刃物愛好会から曲がりに曲がり、所持していても補導されない刃物はなんだろうと考え出した。
どこからが武器で、どこからが道具か。
難しい問題である。そもそもどこから境界線があるんだろう。
うーんと悩んでいれば、ガラリとドアが開く音で意識を戻した。
患者だ。
くるりと椅子を動かし、ドアの方を向く。

「どうされた、…士郎君?」
「…名前?…あれ、今日当番だったか?」

そこにいたのは、手首を押さえた衛宮士郎だった。驚いたように私を真っ直ぐに見つめ、首を傾げている。
半袖から伸びる腕は、筋肉がついてて、がっしりしていた。
片方の手で押さえている手首を見ないようにして、なんでもない風を装い、冷静にいう。

「どうしたの、座って」

軋むぐらいに椅子から勢いよく下り、唖然とする彼の二の腕を掴み、気持ち軽く引っ張る。
え、という間抜けな声が聞こえたが、スルー。血が出ているのが見えたので、水道に連れて行く。勿論、血を洗い流すためだ。

「一回洗おう」

蛇口をひねり、水を出す。
衛宮士郎は、私の言葉に従い、手首を洗い出した。
それを見届けて、つい先程までいた椅子に戻る。ビニールの手袋を装着し、清潔なガーゼを何枚か用意した。

「洗ったら、この椅子に座って、傷を私に見せてね」
「…わかった」

消毒液と、包帯。必要だと思うものを出す。
けっこう血が出ていたけれど、どれほどの傷だろう。

さて、何度も言うが、私は数え切れないほど人生を繰り返している。
その内の何回か、看護師っぽいものになり、働いたことがあった。
いつかの衛宮士郎の手当てに当たった経験もある。…その何回かで得た知識や経験は、今でも私の血となり肉となっているのだ。

水の音が消える。思考も霧散する。
ぎしり、と衛宮士郎が前の椅子に腰掛けた。
困ったような表情を作り、素直に傷を私の方に向けた。
傷は思ったよりも浅かった。
なにかで切れた傷から、血が滲み出てきそうだったので、脱脂綿をピンセットで持ち血を拭う。

「痛い?」
「いや、平気だ」
「これ、どうしたの」
「あぁ…一成の手伝いで修理してたら、鋭い部品があったみたいだ。それより、名前はどうしてここに?」
「先生に頼まれて」

やはり、柳洞一成君辺りだったか。
私の場合は押し付けられたというべきだ。
冷静さが、頭の中に戻ってきて、表情を出す余裕も出来てきた。
無意識に力が籠っていたみたいだ。こきりと首を鳴らす。
新しい脱脂綿に消毒液をつけ、ゆっくりと撫でるように傷口に触れる。
息を小さく呑む音が聞こえた。

「…よし」

血が止まったのを確認。傷口にあう絆創膏を探す。
このくらいの傷ならば、病院に行かなくても大丈夫だ。
でも、ここでの私は学生であるので、とりあえず保健室の先生に見て貰おう、その旨を衛宮士郎に言うか。

「傷は、先生に見て貰おう」
「いや、いいよ、たいしたことないだろ?」
「それを判断するのは士郎君じゃなくて、先生だよ」
「平気だ、名前が見てくれたんだし」

きけやと睨み付ければ、衛宮士郎は目を逸らした。
え?顔が怖い?そりゃそうでしょ、心配しているんだから。

「貴方は私とここで先生を待つの」

わかった?と言い切れば、驚愕したような表情の衛宮士郎が私の方を向く。
それに少しびびって、どうしたのかを尋ねると、おかしそうに笑い。

「言い方が保健の先生みたいだなって思ったんだ」

彼は、懐かしむみたいな瞳に私を映す。
あ。
この瞳、どこかでみたことある。
思い出すのも億劫な程の過去に、数回。
いやまぁ同じ人間だしと結論を出して、見つけたサイズの合った絆創膏を貼る。

「出来た。先生はあと少しでくるはずだよ」
「そっかじゃあ、それまでここにいることにするな」
「うん、えーと柳洞君は」
「もう解散したから、帰ったと思うぞ」
「あ、なら大丈夫だね、思う存分、寛ぎながらここにいて。私の部屋第二号だし」
「いや、保健室は名前の部屋じゃないだろ?」
「気分気分」

先生が焦った様子で保健室に帰ってくる間、私は彼の瞳を見ないよう必死だった。



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