炎に巻かれた中で、少年は少女と手を繋ぎ、そこにいた。

「……旦那様、申し訳ありません」

少女が沈んだ声で少年へ言う。
炎の光で橙に照らされた白い着物は艶めかしく、薄緑色の髪と白いツノは場違いで不謹慎ながらも、美しいと思った。
蜂蜜を連想させる瞳を一心に受け、少年は口を開いた。

「いいよ、気にしなくて。清姫は、頑張ってくれた」

悪いのは、自分である。引き際を間違えた、自分のせいだ。

まさか、キャスターがあんな粘ってくるとは、思わなかった。
思い出すと、何の策もなしに来るわけがないのだ。
何もなしに来るとすれば、それはただ無謀か、自暴自棄で。
更に言えば、少年は自暴自棄だと判断し、バーサーカーに指示を出した。
それが、この結果だ。
燃え盛る自分の館に閉じ込められることになるなんて。
少年は、セインは、清姫を見つめ返す。

清姫。
クラスはバーサーカー。日本の英霊。人から竜となった少女。
召喚されるなり――本当は違うサーヴァントを召喚する予定であった――セインのことを「旦那様(マスター)」と呼んだ。
バーサーカーらしいといえば、らしい少女であった。

「……清姫……」
「はい、なんでしょうか」
「あつくない?」
「私は、大丈夫です。けれど、旦那様は」
「おれも大丈夫。頑丈に作られたんだ」

さらりセインの白い髪が流れる。
炎よりも赤い瞳を真っ直ぐに清姫の方へ向けた。
改めて見た清姫は、眉を八の字にさせ、泣きそうな表情をしていた。
そんな表情を、セインはしてほしくないと漠然と思ったが、しかし、泣きそうな少女の表情を変える術を知らない為、どうすることも出来なかった。
歯がゆいとうっすら思った。
あぁ、こんなことになるのなら、その方法を知識を、入れてもらえばよかった。
知らないことは罪である。本当にそうであるとセインはこんなところで実感した。

セインは、ホムンクルスだ。
アインツベルンのホムンクルス製造技術を流用して制作された、サーヴァントを駆使するだけの存在。
ただ、それだけであるのに、意志は必要ないだろうと製作者から判断され、必要最低限の危機察知と、それに従い行動する機能だけを身体に詰め込まれた。
けれど、人の形をした器に、仮にも生物に意志を持つなとは、実に無理な話であった。
セインは意志を持っていた。
非常にあやふやで、赤子のようなものであったが、それでも確かに持っていたのだ。
しかしそれを製作者も周囲も認めなかった。
だから名前も、その頃はつけられておらず周囲からの呼び名は「あれ」「これ」「それ」だった。

だから。

「マスター様、私、清姫と言います。どうかよろしくお願いしますね」

だから。


いよいよ清姫の側にまで火が迫ってきた。
危ないだろうと、清姫にこちらに来るように言う。
引き寄せてやれる手がないのが、残念だ。
セインはもうじき自分が死ぬことを、わかっていた。
分かっていた。そう自分の機能が告げている。ずっと、前から。

「清姫……」
「はい」

清姫の姿を見つめた時、セインはいやだな、なんて思った。
このまま清姫と共にいるのも、いいかと一瞬考えた。
いや、今だって、そうだ。

「おれと、このまま、いてもいいのか」
「――はい」

もしかすると、清姫だけでも逃げれる可能性があるかもしれない。
しかし、その可能性を清姫は切り捨てた。
切り捨てて、悲しいとも満足しているともとれる表情を浮かべる。
そうか。
そんな清姫をみて、セインの胸にある願いが生まれた。
ホムンクルスで、無機質な人形と大差なかったあの頃では、生まれなかった願いが。
……狂っていると、不良品だと、出来損ないと言われた。
……清姫が自分ではない誰かを見ているとも、気付いていた。
誰かを重ねているということも。
セインは、それでも良かった。
幸せだと感じた。清姫を召喚して、よかったと。
清姫の首筋に顔を埋める。ああ、胸元が熱い。

「『清姫、お前は逃げろ』、『遠いどこかで、長く現界していろ』」




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