最悪だ。

「……なんであんなのが今更出てきているの」
「そりゃマスター、今が好機だと思ったからじゃねぇのか」

ランサーの言葉に溜息をついた。もう三体しか残っていないから、一気に片付けるつもりでライダーは出てきたんだろう。
しかし、どうしてランサーといい、ライダーといい、大物の英雄が揃いに揃ってしまったのか。今回の聖杯戦争は余程神話の再現がしたいとみえる。
規模が大きすぎて冬木市が滅ぶわ。というか既に所々山やら建物が破壊されている。
教会が死力を尽くし、事実を誤魔化しているが、テレビのニュースを見る限り、住民の方々を誤魔化しきれていない気が……。
これから起こる戦いも、そんな処理を受けるんだろうな。
森の中で息を潜め、誘うように姿を現すライダーの様子を伺いながら、横にいるランサーに小声で聞く。

「ランサー、ライダーに勝てそう?」
「あー、そうだな」

とんとんと槍の柄で肩を叩きつつ、ランサーは私の目を見て、「いける」と言い切った。
ランサーがそういったのならば、私は自分のサーヴァントを信じ、マスターの元に向かうだけだ。
前の戦闘で負った傷は私のもランサーのも回復した。魔力だって十分に温存してある。
いつでも戦える状態だが、問題はもう一組の陣営の存在。
ライダーの味方につくか、ランサーの味方になるか。
私はその陣営に会ったことがないため、どういう人柄で姿のマスターとサーヴァントとか、聖杯にかける願いとか戦闘スタイルをも知らないので、その陣営が参戦したときにならないと判断のしようがない。
まぁ、最悪を考えましょう。

「もし、二体を相手にすることになったら、どう」
「いいな、燃えてくる」

やはり血の気の多い回答が返ってくる。
ランサーは綺麗な見た目に反し、とても好戦的だ。私は思わず肩をすくめた。
今日まで行ってきた戦いの中、ランサーのそれは私を鼓舞させてくれたが、胃を痛める事態を引き起したこともあった。

…元々聖杯戦争は、魔術刻印を継ぐ兄が参戦を予測されていた。しかし、何故か令呪は私に現れ、どうしてかその時期に色々な事情が重なり、兄ではなく私が参戦することとなったのだ。
七代続く家の誇りのために。
けれども私は他の魔術師と違い、魔力量が多いにも関わらず、投影や強化などが得意で、通常の魔術師が駆使する魔術を上手く扱えない魔術師であった。
幸い両親は一般人に近い感覚を持つひとだった。
落ちこぼれや、役立たずなどと言われずに、兄と同じ様に大切にのびのびと育ててくれた。でも、周囲の魔術関係の人たちは、私を欠陥品と度々嘲笑った。
幼い頃は、そんな奴らには強化した拳を食らわせてやったものだ。
……今はしていない。
そして、噂の優秀な兄はといえば、私を猫の如く可愛がってくれた。
私を馬鹿にしたりせず、一緒に魔術の勉強をしてくれる優しい人。
――なんでも出来て、尚且つ優しい兄の代わりを務めることになった私は、当然とんでもない程のプレッシャーに襲われた。
両親も兄も危なくなったら、すぐに逃げてきなさいと言ってくれた。
私も出来るだけのことはするが、危機が迫ってきたのならば、すぐに帰ろうと思っていた。
のにもかかわらず、私は今ここでライダーに挑もうとしている。

なぜ。
私がこんな死の気配が濃いものに挑もうとしているのかと言えば、……ランサーがいるからだ。
ランサーは他の魔術師とは違い、なにかと不自由な私をマスターとして扱ってくれた。
本心はどうかわからないけれど、こんな役不足な私を。
きっとランサーはただ、召喚した者をマスターと呼んだだけだと思うが、私はとても救われた。
だから、召喚した日に言っていた「死力を尽くし、強者と戦う」というランサーの望みを叶えたいと思った。
あるいは報いたいと思った。


目を閉じて、スイッチを入れる。
魔術師のスイッチを。ライダーのマスターに負けないために。
世界が、変わる。
瞼を上げれば、先程よりも澄んだ光景となった気がした。

「ランサー、私はライダーのマスターの元に行く。貴方はライダーの相手をなさい」
「おう、任せろ」

美しい血みたいな赤い瞳を、獰猛な光で鈍く輝かせ、ランサーは口端が裂けるように笑う。

ランサー。
光の御子クー・フーリン。
クランの猛犬。
ケルトの大英雄。
私の、サーヴァント。

身に余る程の事実を噛み締め、魔術回路を起動させた。
ライダーの背後にある道の先に、ライダーのマスターはきっといる。

ライダーを倒したら、今後の対策や行動をランサーと話し合おう。



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