昔から、勘がいい方だった。
けれど運動神経は人並みで、平凡なものであった。

身体が冷えていく。急激に内から熱がどっと引いていくような感じ。
寒くて、寒くてどうにかしたいけど、どうにかする術は私に一つも存在しない。
私はただ第三者から与えられた力になすがまま、地に伏せた状態から動けないのだ。

そう、今日は朝から嫌な予感がしていた。
今まで感じたことのない程、大きな不安が的中してしまった。

うめきながら、自由のきく目を動かす。
前にいるのは、私を守るために剣を構える、私にはもったいない英雄。
彼が相対する巨体の化物は、どこまでもおぞましくて、恐ろしくて、狂気に塗れている。
そのマスターは化物の背後で狂ったように笑っていた。
私を不意打ちで攻撃してきた男は、きっと私が死んだと思ったのだろう。
死んで、サーヴァントが消えるかと思ったのだろう。
だから自分の勝利を確信し、笑っている。
でも、残念ながら私はまだ息をしていており、さらに言えば私のサーヴァントも消えない。

――消えさせない。

あの男の下らない願望を私とサーヴァントは知っている。それを止める為に、私たちは今日この聖杯出現地にやってきた。
願望を教えてくれたアサシンとそのマスター。
出現地を伝えてくれたアーチャーとそのマスター。
バーサーカーを弱体化させてくれたライダーと、先生。
…その三体は、もういない。
二体は他のサーヴァントと戦い、ライダーはバーサーカーに敗北し、聖杯にくべられた。聖杯が機能し始めている、この状況を見ればそんなの明白だ。
私が偶然喚び出したサーヴァントのセイバーと相手のサーヴァントしかいない。
…二人のマスターの行方は知らない。先生以外の、マスターの行方も。
私は知ることが出来なかった。
私は何も、出来ない。けれども、あの奇跡のような存在を現界させ続けることは、なんとか出来る。

鳩尾を、令呪が浮かんだ箇所を思う。一つ欠けた状態の令呪。その一つは私に何があっても敵から目を逸らさないで、戦い続けて欲しいという願いに消費した。
残り全て使用すれば、セイバーは絶対にあれに勝てる。しかし、私との繋がりは絶対に切れる。
…いいんだ。元々、セイバーは私のものではなかったんだから。

「あ、」

声を試しに出してみる。良かった、声は出そう。なら、後は使うだけ。

「セイバー…」

バーサーカーの猛攻を捌くセイバー。
セイバーは背を向けることを嫌がる人だった。
私には見合わない、高潔で、気高い剣士。
私にはふさわしくない戦士。
どうしてあなたは私に従ってくれたんだろう。
こんな無知で無力で愚かな魔術師でもない、武術にも長けていない一般人だったのに。
よく、わからない。
最後まで貴方のことはわからなかった。

でも、その疑問はここで全部終わる。

ちらりと相手の魔術によって、吹き飛んでいった左腕に目をやる。
――私は、もう、死んでしまう。そう、勘が訴えていた。
私の血で出来た血溜まりは生温かく、まるで春の海のようだった。
………ここが、寒々しい森の中が、私の死に場所。
大往生するかと思っていたのに、なんて話だ。

「セイバー、令呪を持って命ずる」

じりじりと、鳩尾が熱くなった。魔術回路が起動したのだ。
霞む視界。
朦朧とする思考のまま、私は命令をくちにして。


セイバーが、わたしのなまえを。




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