「やぁ、麗しいお嬢さん、いい夜だね」

丁寧に恭しく、異国の少女に挨拶を投げかけ、俺はその背中へ魔術を繰り出した。

不意打ち。
不意に打ち取る、と書く。文字通りに、予告無しに攻撃を仕掛けるという意味である。

「―――」

色素の薄い髪が暗闇を舞う。俺の魔術の残滓と、少女の血も。
糸が切られたマリオネットさながら、無様に少女は地へ崩れ落ちた。
実に静かだ。絶叫もなく、悲鳴も、遺言もなく、少女は無言だった。
まあ、不意打ちした中で遺言を言われても、予想外で混乱するだけだが。
地に伏した少女をみる。
おそらくこの少女は異国から聖杯戦争に参加しに来た、トワルティユール家の者だろう。
アサシンが集めた情報に、そう書き記されていた。
照らし合わせても、確かに少女はトワルティユール家の者であった。
異国の名前を覚えるのに時間はかかりますけど、顔なら覚えるのに自信がありますよ。
と言っていたアサシンの得意げな顔をよく覚えている。

「……」

アサシン。触媒を用いて召喚したサーヴァント。
真名は沖田総司。
初めてそうと知った時は、気絶をするかと思った。
なぜなら彼女はただの可憐な少女だったのだから。
そうとしか、見えなかったから。

アサシンは、俺の背後に立ち、ランサーとライダーの戦いを遠目から静観していた。
彼女の髪の毛。
ブロンドのような髪色は、白髪らしい。
病気のせいらしいが、白髪ではなく、やはりブロンドに見える。
そんな髪がサラサラと、彼女の頬を撫でた。
月光に照らされたダンダラ模様の浅葱色の羽織が綺麗だ。

「消失しませんね、ランサーもライダーも」

アサシンが、そういった。
ふむ。

「そうだな、もしかしたらこのお嬢さんが、ライダーのマスターを殺し損ねているか、俺がお嬢さんを殺し損ねているか…」
「なら確かめてみましょう」

アサシンが抜刀した。
スラリとした刀身。名前は確か、菊一文字則宗と言ったか。そんな名前の刀だったはず。刀のことはよくわからないが、良い刀だと思う。
流れるような動作で、地面に横たわるライダーのマスターの首に、刀をやろうとするアサシンを止めるために口を開けた。
瞬間、ライダーのマスターがアサシンに向かって、攻撃の魔術を放つ。
野太い絶叫が森の中に響き渡る。
魔術がアサシンの元へ到達する前に。
魔術は菊一文字則宗により斬られた。
返す刀でアサシンはライダーのマスターの首を。

赤が。

「…本当に、殺し損ねていたか」

飛び散った赤を見ながら、俺は呟いた。
お嬢さんは、お嬢さんだったようだ。
いや、殺しきる前に俺が不意打ちしてしまったのか。それは悪いことをした。
きちんと殺させてから、魔術を繰り出せばよかった。

「マスター、ライダーの身体がうっすらと消えてきました」
「そうか……」

アサシンの報告を受けながら、俺はお嬢さんに片手を向けた。

「マスター?どうしたんですか」
「いや、こちらも止めをさしきれていないかもしれないからな、一応」
「……」

遠くで、魔力を膨大に感じた。
おそらく一体分の魔力。サーヴァントが宝具を解放したのだろう。

俺はお嬢さんに目をやる。
もしも生きていたとしても、このお嬢さんは狸寝入りをしないと思う。
イメージでしかないが。
近付いてよく観察してみれば、気絶をしていた。

トワルティユール家は、七代続く魔術の家だ。
八代目当主となる長男がとても優秀で、その妹は不出来との噂の家である。
長男なら苦戦しただろうが、妹の―このお嬢さん相手ならば、勝てる。

息を殺す。

聖杯は俺の家の悲願だ。
それはもう何百年以上前からのもので。
―その聖杯が、俺の手に届きそうになっている。
背筋がぞくぞくと震えた。
今日この日の為に、血の滲むような努力をして、ありとあらゆる手を使い触媒を手に入れ、手段を選ばずマスターとサーヴァントを倒してきた。

やっと、俺は報われる。

「  、  、   、   、」

詠唱し、魔術を手の平に溜める。殺傷性の高い魔術を。

「  、  。」

放出する。


直前。
ぞっと全身に、殺気を浴びせられた。

気付くがもう遅い。
獣の爪のような赤色が、俺に迫って来ていた。
お嬢さんが、視界から失せる。
殺されると、死ぬと思った。そう思ったのは、本能か。
全てがスローモーションとなる。避ける暇も時間もない。

赤い、爪が。
俺の、心臓を。

「マスター!」 世界が、急激に変化した。

唐突な苦しさに襲われる。ぐるんと視界が回る。すぐに全身を強かに打ち付け、鈍い痛みが襲ってきた。
なにがおこった。なにが、おこったというのだ。
尋常ではない殺気のせいで震える身体を叱咤して、勢いよく辺りを見渡す。
そして。

「アサシン!」

―ランサーと交戦するアサシンの名を叫んだ。

ランサーは満身創痍であった。
髪は乱れており、身を包む衣装はひどい有様だ。
全身傷だらけで、胸や腹にある大きな傷が特に痛々しい。
しかし、その顔は、大怪我を感じさせない程、恐ろしいものだった。
鬼の形相とは、ランサーの今の顔のことを指すはずだ。

数回、武器を交り合わせ、アサシンはランサーから距離をとり、俺の前に立つ。
表情を歪め、ランサーを睨む。

「マスター、怪我は…」
「ないよ、アサシンが俺の事を投げ飛ばしてくれたから…けど、アサシン、手」
「平気です」

新しく出来たアサシンの手の傷に目をやる。
槍の矛先が掠ったのだろう。
裂けた傷跡は鳥肌が立つくらいのものだった。
しかしまともに食らっていたら、手などもう使い物にならないだろう。
それを考えるとアサシンは、称賛するに値する働きをしてくれた。

「悪い、治癒を施す」
「え、はい……ありがとうございます、マスター」

こちらがこうして会話している間に、ランサーが素早い動きで、お嬢さんの無事を確認しているのが視界に入った。
先程までの鬼の形相とは打って変わって、眉を寄せながら歯をぎちりと噛み合わせて、悔しそうな表情をしていた。


そうか。
ランサー、お前はそのお嬢さんが大切か。


漠然とランサーの感情が伝わって来た。
俺には一切関係のない、どうだっていいことだが。
ランサーがこちらに赤い目を向けた。
お嬢さんを大切そうに横たわらせた後、再び武器の赤い槍を構える。
どこか冷静さを感じさせる声で、俺たちに言葉を投げた。
笑いながら。

「よう、お前ら。死ぬ準備は出来ているか」

アサシンが刀をランサーに向けた。
そうして、こちらも淡々とした声をランサーに浴びせる。
剣豪に相応しい眼差しで。

「そちらこそ、出来ていますか」


―――今ここに、最後の聖杯を争う戦いが始まる。




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