それでもあなたが | ナノ
 命は天にあり

僕の主。灰桜という名を与えられた審神者。
穏やかで争いを好まない、春の息吹のようなひと。


ひとつきが経った。けれども主は目覚めない。外傷はある程度治ったと、あの天狐の面をつけた男から聞いていた。
目覚めない理由は、精神的なものらしい。
心の傷。
鳴狐にはよく理解出来ないが、人の心に傷が出来てしまうとのこと。
それが灰桜を眠りから覚まさせない。
心の傷が、斬れるものならよかった。斬れさえすれば、灰桜は目を覚ますのだから。
…傷が斬れるのかは、わからない。
いや、傷を斬るという文字並びから、意味がわからない。
なんだ傷を斬るっていうのは。
斬れば傷はつく、しかし、傷を斬るなど意味が本当にわからない。
そこまで真剣に考え、鳴狐は相当自分が参っていることに気付く。

「鳴狐?」
「…なんでもないよ」

お供の狐が心配したように声をかけてきたので、鳴狐はその小さな背をそっと撫でる。
大丈夫だと態度で伝わればいいなと思いながら。
しかし、一匹と一体で一振の鳴狐である。別々に思考や行動は出来るが、底辺の気持ちの共有を鳴狐とお供の狐は出来た。
…故に誤魔化しは効かない。

「なんでもないことはないでしょう、鳴狐。主殿のことを心配しているのですよね」

尻尾を下に向けて、お供の狐は気を使うように言った。
そうだ、そうだ。
お供の狐は灰桜を自分と同じ位好いている。
懐いていて、灰桜もお供の狐をよく構っていた。
灰桜の優しい微笑みが、はっきりと思い浮かぶ。

「うん…」

心配している。人間が愛しい人を思うみたいに。
ひとつき経っても、目覚めない灰桜を。心の傷を。
鳴狐は目覚めてからずっと、病室から出てない。
…待っているのだ。
天狐の面の男が、主が目覚めたと報告しにきてくれる日を、ずっと。


『どうしようか、今の研究生を少し早いけど、山城国に当てるか?』『新拠点を作らせると』『大和と美濃にやる子たち?今の生き残った方々の数』『何人生き残って、何人』『3』『9』『重傷者多いぞ、昏睡状態の奴らが一体何人いると思って』『ごたごたしてるぞ、審神者も刀剣も』『どうだ琥珀、そちらの様子は』『あー、そうだなぁ、目の前で、はたまた結界の外で、あるいはどこか遠くで折られた刀剣と瓜二つの顔がなんでもないような顔して現れると発狂する可能性があるから、刀剣たちには悪いけど、面会拒絶にしている。特に短刀、脇差、打刀は監視を強化した。この間、審神者―自分の主を心配した乱藤四郎がこっそり監視の目を掻い潜り、審神者が入院している階に行って、そんで丁度運悪く乱藤四郎を折られた審神者と出くわした。……あとは想像の通りだ。だからそんなことが二度と起きないよう、監視を強化した』『…新たに目覚めた者はおるか』『一人、新橋ってやつが目ぇ覚めた』『刀剣はいるか』『いる、和泉守と堀川』『錬度は』『審神者の状態は』『腕が』『で、堀川の方は』『おい琥珀、電話鳴ってんぞ』『ん、あぁ、サンキュー』

「はい、琥珀っす」


夢だと気付いていた。
幸福な、一番幸せだったある日の夢。
ずっと見ていたい。
でも、だめ。
だってこれは夢、なんだもの。
目を、開けないと。
開けないと。


「…灰桜が目を覚ました」



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