それでもあなたが | ナノ
 雪が融け、水となる

地獄を見た。
悪夢を見た。

刃が折れ、宙を舞う。
身体を斬られ、血飛沫が飛ぶ。
悲鳴、苦悶の呟き、怒声。
肉を断つ音。地面を踏みしめる音。何かが燃える音。
いつかの追想のような、いつかを連想させる光景だった。

地獄を見た。
悪夢を見た。
彼の主は見てしまった。

ここで彼はこれが夢だと気付き、一気に意識を急浮上させる。



「ーー元気いいじゃん、お前」

勢いよく起き上がれば、感心したとでも言いたげな声がきこえた。声のした方へ機敏に首を回せば、天狐の面をつけた男が正座していた。
窓から差し込む光を背に、鳴狐に面を向ける男は主と同じように清い霊力を纏っている。

「主は、」

そう聞いたのは、ぼやけた脳がこの男なら、主の居場所を知っているだろうという考えを導き出したから。もし知らないと男が答えれば、明白な殺気がない限り、見逃して布団から抜け出し、主を探しに行けばいい。起き上がった際に体中が鋭い痛みに襲われたらしい、今も余韻が鳴狐の体を蝕んでいる。
が、まずは主の安否が優先だ。
男は「灰桜のことでいいか?」と返す。
灰桜とは、主に与えられた審神者名だった。
頷けば、「あぁ、灰桜だったら生きている」と、どこか気の抜けた声で安否を答えられた。

「今はここより上の階で、治療を受けている最中だ」
「お供は」
「隣の布団」

男は立ち上がり、鳴狐の右側を仕切る白い布に手をかけ、シャーとスライドさせる。
……確かに、お供の狐が布団の上に伏せっていた。
小さい身体が更に小さくなったような気がする。
頬が、こけているように思う。
毛並みはなんとなく乱れており、疲労が身体から滲み出ていた。
あんなことがあったのだ、当然ともいえる姿だった。
お供は深く眠っている。ぐっすりと。泥の様に静かに。
いつもみたいに触れたいが、今はゆっくり休ませておこう。

「あと、聞きたいことは?」

そう、仕切る布を戻した男が聞いてくる。
鳴狐は、その言葉にぴくりと肩を震わした。
聞きたいことは、あった。
あの体験した地獄を、味合わされた現実を、打ち砕きたかったのだ。信じたくない、その一心で。
聞きたくないが縋るような思いで、鳴狐は尋ねる。

「………他の、刀は」

男が痛ましいものを見る、同情にも似た瞳に変わるのを感じた。
悲しげな、哀しげな表情が作られる。
長い、永遠にも受け取れる空白が流れた。

やがて、囁くような声で、終わりを告げる。

「折られてた、お前以外」



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