02/10 Wed 23:23:31

未だ道の端に片付けられた雪が溶けきらないまま、また新たに雪が降り出した日の夜だった。
雪かきを行う人々がいなくなるくらいに深い夜に行われた聖杯戦争は、徐々に近付いてくる夜明けの気配をきっかけに一時中断された。参加者たちはそれぞれの拠点に帰っていくことだろう。
チケット売買店、眼科などが入ったビルの屋上で聖杯戦争の様子をみていた名前は白い息をそっと吐き、こそこそと階段の方へ向かった。
屋上はすぐに逃走が出来る良い場所だと思ったが、いくら魔術で存在を隠蔽してもアサシンに襲撃される可能性が無くもない、と名前は今更ながら後悔した。激戦区から距離が離れた場所にいても、人よりも遙かに優れたサーヴァント相手には距離など関係ないだろう。かといってビルの中に隠れていれば、ビルが攻撃された際に天井が崩れ落ち、破片にぷちりと押し潰されるかもしれない。一度も戦争をしたことがない、そういう想像力が乏しい子どもには難しい選択だ。勉強をしなければと名前はライダーに色々なことを尋ねる決心をする。
聖杯戦争に成り行きで参加することになってしまった名前は、他の参加者と比べると本当に頼りない。知識、経験、意気込み、全て負けている。万能の聖杯には興味がない。そこまでのものに縋り付いてまで叶えたい願いがないからだ。だから、ライダーに対して申し訳ないという思いでいっぱいだ。ライダーは何故か名前に謝ろうとしていたが、謝るのはむしろ名前の方だ。ライダーの力をもっと引き出せる強い魔術師が彼のマスターになれば良かったのに。こんな半人前のマスターじゃ、勝てるものも勝てないだろう。サーヴァントは聖杯にかける願いがあるという。ライダーも恐らく名前に気を遣って胸に秘めているだけで、叶えてたい願いがあるはずだ。言わないだけで、名前はライダーはいつだって名前を裏切ってもいいと思っている。だってこんな貧乏籤を引いたのだ。けれど、ライダーはそうはせずに名前をマスターと呼んでくれている。
下へ下へ降りていく最中に、名前は左手を見る。一画かけた令呪。先程自身のサーヴァントであるライダーに対して使った証。減ってしまったことを少し寂しく、頼りなく思う。まだ聖杯戦争は始まったばかりだというのに、サーヴァントを制御するほどに強い魔力がかけてしまったのは、半人前の名前にとってはかなり痛手であった。けれど、令呪がなければライダーが消えていたかもしれなかった。だから、惜しく思うのはやめることにする。幸運だったのだ、判断は間違っていなかったのだ。
階段を降り終え、地に足をつける。人目を避けるように、狭く人気のない通路へ名前は身を滑り込ませる。きょろきょろとあたりを見渡しつつ、念話でライダーを呼ぶ、と。

「マスター」
「わっ、おかえり、ライダー」
「え。ただいま。もしかして、驚かせた感じっすか……?申し訳ねえです」
「いやいや、ほんとに大丈夫だよ」

落ち込んだ声で話しかけられたことが意外で驚いたのは事実だが。
ライダーは先程の戦闘が嘘のように怪我一つない。現代の服を身に纏うライダーは、そこらを通り過ぎる現代を生きる若者に見える。
名前はライダーの肩に触れようと手を伸ばして、自分の手首の骨が思っていたよりかは飛び出ているな、とふと気がついた。どうやら、とても名前は疲れているらしい。こんなどうでもいいことに思考をさいてしまうのが証拠だ。

「ね、帰ろ」
「はい」









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