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鈴の音がどんどん近付いて、月明かりを背に受けたトナカイとソリに乗った人影が大きくなって迫ってくる。

じわじわと減速して時計塔の上に着地したサンタおじさまは堂々とした足取りでソリから降り、ポケットから取り出した鉄扇で自分の手を叩いた。

「ほう…誰かと思えば永倉君か。…貴様、よくも俺の前に姿を見せられたものだな。

トナカイの餌にされたいのか?」

「ひぃぃぃぃ!!そ、それだけはご勘弁を!!!」

響き渡る重厚な低い声。怖くて魔法が解けてしまったのか、ぽんっと音を立ててぱちーにーは元の大きさに戻った。

そしてサンタおじさまにぺこぺこと頭を下げた後、盾にしようとするみたいに私の肩に隠れる。

まったくだらしない。もっとシャンとしなさいってお説教しようかしら。

でも、まずは用事を済ませるのが先決だ。今夜はサンタおじさまは大忙しなのだもの。

手短にしないとサンタおじさまにもプレゼントを待ってる世界の子供達にも迷惑になっちゃう。

「サンタおじさま、ご無沙汰しています」

「む?」

鋭い眼力でぱちーにーを睨んでいたサンタおじさまがようやく私の顔を見て、目を丸くする。

「おまえは……林檎の娘か?」

林檎と言うのは私の母の名前だ。

元々私はおかあさん似で、この頃はおかあさんの若い頃にそっくりだとよく言われるから、おじさまは私のことをすぐに分かったと思う。

「はい。覚えていてくれましたか?」

「…忘れるはずがなかろう。…久しぶりだな。何か俺に用でもあるのか?」

サンタおじさまは一瞬決まり悪そうな顔をしたけれど、すぐに彼らしいふてぶてしさを取り戻した。

「ええ。実は…あのクッキー消失事件の真相が分かりまして」

「なんだと?」

私は逃げ出そうとするぱちーにーをがっちりと捕まえて、事の真相を話した。

サンタおじさまは黙って私の話を聞いた後、「やはり、そうだったか」と頷いた。

「え?ぱちーにーが犯人だって、分かってたんですか?」

「この俺からクッキーを盗む命知らずのうつけなど、鼠かそやつくらいのものだろう」

「も、申し訳ありやせんでしたぁぁぁ!!!」

私の手のひらの上で土下座して謝るぱちーにーは恐怖のあまり声が裏返っていた。

悪いのはぱちーにーだけどなんだか小さいと可哀想に見えるわ。

すると今まで静かに様子を見守っていたチビスケが一歩前に進み出る。

「サンタさん、これ」

「む?」

チビスケが抱えていた箱をパカッと開けると、『きよしこのよる』が流れ始めた。

本来の使い方とは違うけど、『サンタをつかまえるぞボックス』の出番があって、チビスケは得意そうだ。

サンタおじさまはぱちーにーのことはまさにその筋の親分のような凶悪な顔で睨みつけていたのに、チビスケが話しかけた途端に優しい顔になる。

あたりまえだけど、やっぱりおじさまは正真正銘サンタクロースなのだ。

「これ、サンタさんにあげます!おかーさんが作ったおばあちゃんのクッキーです!」

「『おかーさんが作ったおばあちゃんのクッキー』?言っている意味がよく分からんな」

「あ、えーっと!おばあちゃんの『れぴし』でおかーさんが作ったクッキーです!」

「『れぴし』?…レシピか。ほう…いただこう」

サンタおじさまはジンジャーマンの形をしたクッキーを一つ摘み、もじゃもじゃのお髭に埋まった口を開けて放りこむ。

咀嚼して破顔し、両手をぶるぶると震わせた。

「う・ま・いっ!!!」

なんですか、そのグルメ漫画みたいな反応は!と吹いてしまいそうになるのをほっぺの内側を噛んで必死に噛み殺す。

サンタおじさまは気位が高いから、笑ったらきっと不機嫌になってしまうもの。

「林檎のクッキーの味をそのまま受け継いだのだな。大したものだ」

「ありがとうございます。どうでしょう?このクッキーの味に免じてぱちーにーを許してあげてくれませんか?」

「ふむ……いいだろう。…林檎には悪い事をしたな」

遠い目をするサンタおじさま。私は一歩進み出て、チビスケの両肩に後ろから手を添えた。

「そう思うなら、クリスマスが終わったらでいいですから、母に会いに行ってあげてください」

「俺に謝れと言うのか?今更謝った所で何にもならんだろう」

「謝らなくていいですよ。悪いのはぱちーにーですし。

ただ、母はあなたと喧嘩別れしてからずっとクリスマスを恨んでいるんです。

私のためにケーキやご馳走を用意して祝ってくれましたけど、いつもなんだか悲しそうで。

だから、せめてわだかまりを無くしてほしいんです。また母がクリスマスを笑顔で過ごせるように」

「…分かった。永倉君に謝罪をさせねばならんしな」

ギクリとぱちーにーが小さな肩を跳ねさせる。

サンタおじさまと私、二人で見やれば、二匹の蛇に睨まれた泥棒蛙は「はい」と項垂れ、小さな体をより小さくした。

「なまえにも悪い事をした。おまえはずっといい子にしていたにも関わらず、あれ以来一度もプレゼントをやらなかったな」

「気にしないでください。…もし気になるなら、その分、この子に毎年プレゼントを贈ってやってください」

「それでは足らんだろう。…そうだ、永倉君」

「はいぃ!?」

「今から来年のイブまでの一年間、なまえの家に住み込んで働け」

「え!?」

サンタおじさまの意外な提案に私もぱちーにーもびっくりだ。


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